薄桜鬼〜孤独な彼岸花〜

□拾五
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そして、珍しく
深く寝入ってくれた総司は
夕方に起きて
何処かスッキリしたように
部屋に戻ってくれた…

その日の夜――


「縁さん…少し
話を聞いてくれますか…?」

「?…どうしたんです」


彼女の表情は曇っていた…

今晩の夜勤は源伎と谷沢が
見廻りは悠乍と琥朗が進んで
受け持つとの事で
久しぶりの
千鶴ちゃんとの同室だ


「…今日、沖田さんとの
巡察に出た時
……薫さんと会いました」

「!…南雲薫さんですか…」

「はい…私、制札の事が気になって…思わず話を掛けてみたんです…」

「…話を…、無茶をしますね」
「ぁ…沖田さんにも
言われちゃいました…
『君に何かあったら僕が縁君に合わせる顔が無いよ』って」


千鶴ちゃんはまだ知らないから
良い、だけど相手は向けようのない憎しみを抱えた兄だ…

何時、その刃を向けるか
分かったものじゃない


「ふ…、総司が千鶴ちゃんを
苛めたりしてるならそれこそ
合わす顔など
彼には無いでしょうね」

「ふふっ。ぁ…でも…
制札の犯人…
薫さんなのか、薫さんじゃないのか…分からなかったです…」

「……、千鶴ちゃん…薫さんがこの新選組に仇なす人間なのかそうじゃないか…と言うよりは…薫さんご本人が一体何者なのかを知りたいのでは…?」
「え?」


千鶴ちゃんのその瞳に映るのは
南雲薫と言う人間に対しての
興味と言うべき物…

敵味方を見定めたいと言うより
同じ血筋からの本能か


「そう…なのかもしれません…
…それに、役立たずの子供は
…嫌なんです……」

「……」
「…みんなの役に立ちたいから」


少し思い悩んでる…
この様子じゃ
あまり寝付けなくなるだろう


「俺の役になら
充分なってくれてますよ…」
「…ぁ……縁…さん」

「さ…少し気持ちを落ち着ける
煎じ茶でも淹れてきましょう
今晩は少し冷えます」

「あ…、す…すみません…」

「いえ」
―カタン…


話を無理矢理区切り
そう言って部屋を後にした

この話は一方通行
今、俺がどうにかしてやれる
話ではない、そう思って
勝手場に足を歩めた


「………?」

「………」


その途中、一人の見慣れぬ
平隊士と擦れ違った

何だか俺達の部屋に
向かった気がする…

勘違いだろうか
何だか嫌な予感がした
早く勝手場に急ごう


――そう思った時

ガタンッ!

「!?」

嫌な予感が当たった
背後を振り返ったら、案の定
丁度、俺達の部屋であろう
場所の襖が中側に倒れてる

急いで走った
あの隊士がやはり…っ



―ダッタッタ
「ひひひひ!
血を寄越せえっ!」

「……きゃああっ!!」
「ひゃあああ!」


俺が急いで部屋に戻った瞬間
俺の目の前に
赤の光景が舞っていた…


「?!……」

「つっ……!!」


千鶴ちゃんの二の腕から
赤い血がじわりと滲み出る

なんとも艶やかな…
その溢れ出た血は床に滴り落ち
止まる事を知らない

その香りが鼻腔を掠める
狂いかける理性を掻き乱す


「おおお、血だぁ……
その血を俺に寄越せえぇ……」
(!……狂ってたまるか…っ)


もはや理性の無い
狂った隊士はたちまち
千鶴ちゃんを壁際に
追い詰めようとした…
そんな光景を引き金に
俺は護身の短刀を手に取り


「ひゃははは!
血ぃ!血が、ぐひゃっ…?!」
「……見る影もなしっ!!」
―ガッ…ズシュ…グシャッッ!!


唐突に畳に滴った血を舐める為
這いつくばった隊士
その姿が見窄らしい…
思わず苛立ちにも似た感情の侭
その頭に蹴りを入れ
そのまま足で踏みつけ
ついで動けないよう短刀を
隊士の肩に深く貫き
畳に伏せさせた


その隊士の血で
再び畳が赤に染まる…


「ぎぁっ…あ゛あ゛」

「………」

「血ぃ"っ…血ぃ"ぃ」

ドクンッ…
「?!…ぐ…ッ!」


こんな時にっ…
鬼の血の香りと
人間の血の香りに当てられた


「ぅく…縁……さん…?」

「千鶴……早く…俺から…
逃げて……離れて……っぁ"」


酷く、渇く
…血が…我が身を満たしたい

身体がピシリと痛む

血が…欲しい…?
赤く、純血な、真っ赤な…っ


「縁さんっ?!」

「ぃ"…っ…あ…、要らない…ッ
俺はっ、ぐ…」


唐突に苦しみ、痛み、渇きが
身体中を襲ってきた

その苦しむ様に異様を感じた
千鶴ちゃんは声を掛けてくれるが、それは逆効果
彼女が動けば、彼女の腕から
血が見る見る滴る


「女鬼の…血…が…」


何とも魅了してくれるそれは

俺の理性を壊すのが
充分だった…


「っ…縁さ……?!」
「ち…血ぃ!ひゃははは!」
「!千鶴…っ」
――ブンッ…ズシュッッ!
「?!ぐっ……は…ごほ…ッ」
「縁さん!!?」


畳に伏せていた隊士の理性も
壊すに壊されて
血の執着が勝ったか

隊士を肩に短刀を刺し畳に留めていた筈の短刀は、その手に
そして短刀が向かう先……
無意識に千鶴ちゃんを庇ったが
そのツケか…
背中の肺辺り、短刀が刺さる

胃から喉に鉄の味…赤い血ではなく銀の血を喀血した
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