薄桜鬼〜孤独な彼岸花〜

□八
4ページ/8ページ








 山南さんの独り言に近い台詞はしっかりと俺の耳元に届く
…思わず彼の近くに駆け寄り添い、左腕に手を添えて頭を下げた


――スッ…
「…!……」

「俺の新選組総長は、山南敬助……貴方だけです」


―――絶対に治す……そう約束したのだから、幾ら
彼の存在を揺るがす参謀だろうと総長は山南さん
貴方しか居ない…それは皆、分かってる……だからこそだ…――。



「…うん、僕もそう思うよ、それに伊東さんじゃあんまり好きじゃないな」

「……ま、確かにな。嫌な目をした奴だとは思う」

「だよなぁ…。気取ってるっつうか、人を
見下してるっつうか……色々だよな…あれは…」


 兎にも角にも幹部格全員、伊東参謀は苦手だと確定、と
良かったよ…皆の絆が変わらないものだったことには。










* * * * *


* * *


「山南さんは相変わらず大変に考えの深い方ですわねぇ…
まあ、左腕は縁君のお陰で生活に困らない程までの回復
…それなら、些細な問題ではないのではないかしら?」
「?!、……」


 この発言に場の空気は一変する、一番触れてほしくない
他者がそれに口出すとは…何が言いたい…この者は。


「剣客としては生きていけずとも、お気になさることはありませんわ…山南さんはその才能と深慮で新選組と私を充分に助けてくれそうですもの」

「…………」


 嗚呼、そうか―――…気に食わない…それがこの場に居る全員の同意見。

 この腕の怪我で彼が、どれだけ痛み、悔やみ、苛み
その果てにどれだけ苦しんだかを
…それを知る皆は一挙に、殺気立った



「―――伊東さん、今のはどういう意味だ…あんたの言うように
山南さんは優秀な論客……けどな。山南さんは剣客としても
この新選組にも必要な人間なんだ…縁だって居る
…こいつは治すと言えば何月掛けてでも、必ず治す奴だ!」
「!!、……」
 

 やや声を荒げる歳さんに俺は思わず頭を抱えた…山南さんは
新選組にとって本当に必要な存在だと…彼は心底から信じてるから。


「ですが…私の腕は……これ以上…縁君にも…」


 歳さんの言葉は有り難い、だが山南さんが
幾ら剣客として求められても…まだ応える術は無い

 俺だって…治せるなら今すぐにでも彼を治したいさ
俺などに希望を託してくれた、この人の為にも……。


「あら、私とした事が失礼致しました。その腕が他方多忙なる縁君の手によって治るのであれば何よりですわ」


 口から出る言葉に悪意はないのだろうが
印象の悪い弁舌は余計な一言が多すぎる

 目を瞬いた後には微笑んでは謝罪し
何故か俺にも笑みを向けてきた…この意図
だが、山南さんも再び、言葉を失っている…。


「……くそっ」


 珍しく小声で悪態を吐き忌々しそうに
顔を歪めた…自分の犯した失態に気付いたから……。

 もしかすると、山南さんの怪我はそれ程まで
歳さんを悩ませる要因になっているのだろうか。
この状況も長くはマズイ…近藤さんも不安そうだ…

 流れは変えておこう…今の新選組は不安定過ぎる。



「―――……伊東参謀」
「あら縁君、何かしら?」

「……もし、宜しければ…近藤局長と共に隊士達の稽古見学。
そして我ら救護隊、医療隊の方の見学でも如何でしょうか?」


 なるべく見繕った微笑みでそう言うと、伊東さんは
俺に笑みを返し向けた後に近藤さんへと目を細める


「まぁ……縁君ならではの素敵な提案ですわねぇ、是非
ご一緒させて頂きますわ! 男達の汗臭さへ浸りに行くのも、実に
愉快な事ですけれど縁君が率いる救護隊はとても興味深いわ…」

「汗臭さ、ですか……確かに道場は熱気が籠もってるかもしれませんなあ
……対して救護室は清潔を保っていますので大丈夫ですが…」


(すみませんね、源伎、谷沢、吾妻……あの人の対応
上手いこと、頼みました…あの子達なら出来る……)


 心の中で部下に謝罪を念じながら祈った…
今は触れても火傷しそうな彼らから少しでも
その原因となるものは遠ざけるのが得策……。


 しかし彼はアレなんだ…独特な人か?

一応は近藤さんと伊東さんの二人は談笑しながら
部屋を去ってくれたが、その後
皆は一斉に山南さんへ視線を向けた


「縁、邪魔者排除ご苦労さん」
「やっぱり…ぁ……いえ」


「山南さん……あんな奴の言う事なんざ気にする必要ねぇからな」

「……、………」
――タッタッタ…

「あ……」


 新八の心配に眉をしかめたまま、山南さんは
何も答えず、ふらりと部屋を出て行ってしまった


「……山南さんも可哀相だよな、最近は隊士連中からも避けられてる」

「え……!?」
「…………」


 俺は一応、医者と隊士としての間柄に事情は知っていたが
千鶴ちゃんはどうやら知らなさそうだったな…。


「避けられてるなんて、初耳です……」

「縁以外は誰に対してもあの調子だからなぁ、隊士も怯えちまって近寄りたがらねぇんだ」


 確かに新八の言う通り今の山南さんは、とても刺々しい
何か…とても焦っているように見えてならない
……彼が何時、何をしても可笑しくない状況下。


「昔は、ああじゃなかったんだけどな。表面的には親切で面倒見が良かったし」

「だな……あの人が早く腕を治したい気持ちも分かる…。
だからこそ、今を頼れる奴は縁だけだから
でも…あんなに優しかった外面が今は見る影もねぇや…」

「俺……責任重大ですか」
「「…だな…」」


「なんだか、みなさんで怖い話してません……?」




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ