薄桜鬼〜孤独な彼岸花〜
□序
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俺と違って少しばかり息切れをしている
彼女の背中を擦りながら苦笑いを浮かべる。
「何故、逃げてしまうんです?俺ならともかく
……アイツらが千鶴ちゃんの事まで
小僧なんて言い呼ば回りする奴らなんて、許せませんよ…」
「え…貴方……えっと…」
「雪浪縁です…姓ではなく、名で呼んで頂ければ幸いですね」
自分の言った言葉にまた相当驚く千鶴、しかし
自分を見た瞬間口詰まる様子には直ぐに改めて名乗り直した。
「…はい…じゃあ…縁さんは…私の為に怒ってくれたんですか…?」
「当たり前ですよ、こんな可愛い女の子を小僧など……あ、でも
千鶴ちゃんにあのような荒言葉に喧嘩
見せたのもいけませんでしたね…申し訳ない」
「そ、そんな…っ…あ…謝らないで下さい…私こそいきなり
逃げ出す為とは言え、引っ張り出したりしてごめんなさい…」
しゅん、と高く括られた彼女の黒い髪が流れ落ちるその頭を
解き明かしながら、また俺は頬を綻ばせ千鶴の頭を撫でた。
「いいえ、千鶴ちゃんが謝る必要はありません…寧ろ嬉しかったです。……あの浪士がまた来るとも限りませんね、もう少し奥に隠れておきましょう……居なくなるまでね…?」
「…はい」
千鶴の手を今度は自分が引き古き木の独特な香りがする家と
家の間、彼女を先に奥へ俺もその隣りで木の板の影は
しゃがむ自分達を、特に千鶴の姿は覆い隠してくれた。
「…縁さん、もう少し私に寄って下さい…縁さんが見つかったら大変です」
「気遣いありがとうございます、ですが俺が見つかっても
千鶴ちゃんが見つからなければそれで問題ありませんよ?
俺が全力で浪士を引き付けられますし、殴り納めますから」
「だ、駄目ですよっ!」
小さい声の掛け合いでありながら、だが
僅かに千鶴の声が上がり、少し笑い声が零れる。
「―――……年頃の女の子が見ず知らずの男と
肌を触れ合わすのは余り、お勧めしませんよ…?」
「っ…大丈夫ですっ、これでも一応男装をしている身です!」
からかったのがいけなかったか、少しばかり
ムッとしながら自分の腕を引く彼女に程なく笑みが浮かぶ
俺は謝罪の意で千鶴の頭を何度なく撫でた。
。