薄桜鬼〜孤独な彼岸花〜

□中編
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「では、手筈通りに」
「「「「委細承知」」」」


甲府へ向かう早朝、教え子らに、これからの事
段取りを告げて皆は各自の持ち場へ戻った

尚光と弦之助は救護隊の指揮
悠乍と琥朗には別働隊の指揮
他にも色々…沢山……。


そんなこんな、何時しか襖の前
今の思考はリセットし息を付き半開の襖に手をかけた


――カシャァァ…カン
「おはようございま……おや」

「縁、おはようさん!」


視界に入ったのは洋装姿の皆、そして一番に挨拶してきた新八

一昨日の記憶を思い返しつつその姿には、苦笑いが零れた


「そんなに着崩したら前とあまり変わりないような気が…」

「まあ、気にすんなって!全部閉じたら着苦しいんだよ」

「……新八の場合は着固めては浮くが、崩せば普通だろう」

「…そうですね、新八らしさがにじみ出てます」

「軽く失礼だな」


最初の会話で新八と一とで軽い雑談になった
時代故に洋装に馴染みなかった新撰組の皆、でも…やはり
元が良いからか、改めて見据えたら、似合ってる
そんな間の雑談の様子に歳さんもこちらにやってきた


「……テメェのその姿も懐かしいもんだな、初めて新選組に来た時のそれも、まさか洋装だったとはな…」

「…歳さんは随分と美丈夫に」

「相変わらず良く回る口だ…だが……縁のお陰で
皆、問題なく洋装にも馴染めた」

「ええ、ですが……」


歳さんを含めた皆の姿に数回頷いてから
顎に指先を添え、ちょっと残念な顔をしながら


「…い…いや、縁君に洋装を選んでもらったのには感謝してる、しかしどうにも…やはり異国の服は窮屈そうでな……」

「…勿体無いですねぇ…出来れば今日も見たかったのですが」
「すまないな…あの靴と言うのも草鞋掛けと違って、歩きにくくて仕方なくてなあ…」


生粋の日本男子とでも言おうか、否…若しくは武士の心が…


「近藤さんらしい回答だ…少々困らせたくなってしまう」

「か…勘弁してほしいなあ…」


困ったように苦笑いを浮かばせる局長には
首を数回振ったが、そこに俺の肩に手が置かれる


「縁、からかってやるな…近藤さんはこのままで良いだろ
前線に出るわけでもねぇし、陣中にどっしり構えてくれりゃ
俺達の身は引きしまる、あんたの存在は隊士にとって支えになるんだからな」

「クク、そうですね…」

「そうか?…そこまで言われると照れてしまうが……」


歳さんの合いの手は途中から近藤さんの賞賛になって
彼は照れたように一時目を逸らした

結局、俺のからかい具合に変わりないような気もしたが
これはこれで隊士達の緊張の解れにもなったのかもしれない


「それでは、出掛けるぞ!甲府城に、いざ!」


再び気を引き締め直した局長
彼の号令に先程より隊士達の足並みは知らず揃った










* * * * *


***


甲陽鎮撫、新選組は旧幕府軍により命ぜられ
隊として名を改め八王子経由で甲府へ向かうことになった。

その途中、近藤さんは故郷に錦を飾りたいという事で
隊士たちと別行動を取ることになった


――…が、行軍道中。


「……近藤さん、まだ追いついて来ねえのか?何時まで酒盛りしてるつもりだよ」

「ま、久々の故郷だしな、偉くなったところを見せて回りてえんじゃねえの?久しぶりに、嫁さんと娘にも会いてえだろうし」

「偉くなったところを、って……これから戦なんだぜ?そんなことしてる場合じゃねえだろ」


新八は舌打ちしながら、ふんまん、やるかたない様子
そこに先を歩いていた歳さんは二人を振り返りながら何か言う

俺は後方だったが会話がまだ聞こえる距離
別段言い争いなどの心配はしていないが
もしも、を考えもう少し近くに駆け寄ってみることにした


「……八王子に、入隊希望者が何人かいるらしいんだ。
その検分もしなきゃいけねえからな…それに、新入りの隊士と打ち解け合うには、盃酌み交わすのが一番だろ?」

「まあ、そりゃそうだけどさ」


理由は理解してもまだ不満そうな新八…自分も何か言うべきか

少し考えたが、そんな束の間に歳さんはぼそりと独り言を呟き


「……金バラ撒いて接待しなくても隊士が集まってくるんなら
近藤さんにあんな真似させなくても済むんだがな」

「歳さん…」

「…お前の教え子ばかり、無理はさせらんねえからな…」


京では名を馳せた新選組だが、今
幕府が劣勢に立たされている
彼方側が使えないならば自分達で動くしかない


最初は検分の際、動き回れる足
忍としても、見る目がある
琥朗が見込まれ歳さんに随分と頼られていた

だが、あの子の目に叶う隊士が
来なければ意味がない、彼は生まれながらにして忍
例え金や酒で関心を買っても
相手が駄目だと解れば大人しく帰ってもらうか

…後々が悪ければ…始末がある


――…あの子とて人の子、無理はさせられない
そう考えると、歳さんは勿論、俺もやり切れなさが募る。



―ザッザッ…
「……長、副長」
「…お知らせしたいことが」


状況に沈んでいた時、先行していた一と行軍先を警戒して
偵察をしていた悠乍が此方に引き返してきた


「何だ?どうかしたか」


歳さんの問いに、一は軽く息を呑んだ後
真剣な面持ちで俺にも視線を向けて答える。


「どうやら、甲府城には既に敵が入ってるようです」
「――なんだって!?」


歳さんは慌てて、背後に居る隊士に伝令を命じた

やはり…事は上手く進んでくれないのか…。






* * *


その後、伝令を受け、ようやく
近藤局長らが本隊に合流した、だが
甲府城が既に敵の手に渡ってしまっているという
この情報は新入り隊士らを激しく動揺させてしまう――。


当初は三百人程だった隊士達の
半分以上が脱走し百人程まで減ってしまった。


しかし減った人間の大半が殆ど、金と酒に吊られた
志の無い者だったと琥朗には告げられたので
…呆れつつ、そこまで見てくれた教え子らを労った。


「忍と違って侍とは…存外、扱いに手を焼いてしまうな」

「ええ…本当に…、琥朗には慣れないことを
無理に頼んでしまっている、すみません…」

「長が謝る必要はない…長の命だからこそ俺は動いただけ
それに、間者として動いていた時の経験もあるからな。
……だが、近藤局長の考えが最近…危ういと思えるのだが…」

「琥朗の目には……もう…その様に見えてしまいましたか…」

「嗚呼…」


離れた所で、教え子らと様子を見守っていた。
新八と左之さんは撤退するべきだと主張していたが
局長は…此処に陣を敷き、あくまでも徹底抗戦をすると

幕府から武器や資金を与えられているのに
何もせず引き返すことは出来ない


…これが、近藤局長の主張


これは、仲間の命よりも御上の命令をなによりとした


――…嗚呼…実に危ういよ。



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