薄桜鬼〜孤独な彼岸花〜

□中編
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「……やはり、望ましい道は無い故に
此処を通ってくれると思っていましたよ、浪神鬼」

「天霧……貴方が来るとは…」


人影が明るみになり、此方に姿を現したのは
天霧だった……此処まで来て尚、浪神鬼と…俺を喚ぶとは…。

出会って間もなくこう、呼ばれては忌々しい
苛立ちが知らず表出て刀の柄に手を添えた


―スッ

「…縁君、彼は確か、薩摩藩の手の物だったな」

「!…ええ…一応は……局長?」


俺の抜刀を遮るかのように
近藤局長は手の甲に掌を重ねる

刀を抜くことを止めさせるかの様…その表情は
覚悟を決めたかのような雰囲気に変わっていて、俺の前に出た


「これ以上逃げ切るのは、どう考えても無理だろう
……ここは潔く、負け戦の責任を取って腹を詰めたい。」
「?!、局長!何を馬鹿なっ」

「そちらの御仁、介錯を願えるか」


何を言っているんだ…この人は

こんな所で腹を斬って負け戦の責任を取るなどと


何と…甘い考え

そんな、責任の取り方は何も残らない


「近藤局長…許しませんよ…。目の前の出来事から…
戦場で散った隊士達から、目を背け
…俺や副長達を置いて一人で…死んで逃げるおつもりか」
「!?…違う!……俺は…っ」


新選組と言う名の大きな幹を、要を
このような所で自ら切り落とすと言うのか
…散っていった者らすら、このまま

彼らは、この刀一本で此処まで這い上がってきた

土方さんが此処まで近藤さんと新選組を押し上げてきたんだ。


―シャッ……チャキッ

「近藤さん、貴方は土方さんの大切な夢…新選組の大きな幹
大将ならば生き恥を晒してでも地を這いつくばってでも
…皆の思いを、ずっと背負って歩み続けてもらいます」


地に落としたまま腐らさせるつもりなのか


「――…縁君…っ…」

「局長は土方さん達だけでなく
…俺の大将でもあるんですから……守らせて下さい…」


そんな事はさせない、俺は支え続けると誓ったんだ。


だから、この刀は新選組を守る刃として振るう


一人の、新選組の人間として。


「ふ……、人間と共に居れば
あの浪神鬼ですら…新選組の様な志を持つ…か」

「そうですね、時の流れとは…俺のような
紛い物の鬼ですら、このように変えてくれる…」

「己を卑下するのは止めなさいと言っても、貴方は聞かない
しかし…斯く言う、私の立場も人間側の薩摩藩に仕えている
だが、新選組の方々を斬れとの命令は受けておりません…」

「!……ならば…」


そう言うと、天霧は目を伏せた
そして風が流れると同時に赤い髪の色が白髪に変わり
角を生やし、瞳の色は黄金色となる


空気も、ぴしりと張り詰めたものに変わった…。


「……、一人の鬼として貴方に、新選組の人間ではなく
我等の同胞…浪神鬼である縁に用がある」


「天霧、貴方の私情で…か…」


そう言えば、天霧は無言で頷き静かに体勢を構えた


「浪神鬼、貴方が擁護する土方という若者は存外に風間を狂わせているのです…藩の意向を無視し単独行動ばかり起こす彼に、薩摩藩も手を焼いています」

「これは、また…随分な私情を…だが…それならば
もう薩摩藩とは縁を切れば良い…と言いたいところなのですが」

「確かに…それが正論でしょう…だが、我々としても
今、薩摩藩と手を切るわけにはいかない。だから――」

――ガァアンッ!

…ギキッ!!
「っ……チィッ…!!」


鬼に変貌してる故に、此方に迫る瞬間は見えなかったが
紙一重で刃の腹と腕を使って渾身の一撃を受け止める

生身の拳ながらにして天霧の拳は此方の刃を悲鳴染みて唸らせた


「二つ、選択肢を与えましょう、貴方が
新選組を離れ我ら鬼の一族の元に大人しく戻るか。
新選組と言う大切な幹…この拳で砕かせるか」

「……横暴な選択肢ですが、それだけの理由ですかね
…貴方自身が与える選択肢とやらは」

「…………」


なんとも理不尽、且つ、身勝手な選択肢の…願い出だろうか

それだけ、千景の目に余る単独行動を見過ごせないとなる


だが…天霧らしくない答えは
浪神鬼を揺るがせ、無意識に表出た……。

だが理性は保って、手で背後に合図を指し示す
他に深入りしてられない。


―…スタッ
「…近藤局長、長の命です、退きましょう」
「し、しかし――!」


近藤局長の前に降り立ったのは先に戻っていた悠乍
それと同時に天霧に打ち払われ彼と距離が開く。


此処で俺が背を向けては隙を突かれるのは目に見えてる
それならば、感じた気配を頼り教え子に任せるのが得策

俺が此処で防ぎきれば良い

近藤局長の声にならない声と痛ましい程の視線


局長にとって…どれほどのものだろうか
武士が庇われ、この場で退くと言うのは…。


―ザッ…

「これ以上……奪わせはしないっ!!」
「!、むっ!!」


局長達を一瞥、後、直ぐ様に転回して
今度は此方から先手を、天霧の背後に回り刃を振るう

だが、簡単に刃に当たってくれる筈もなくスルリと躱される

「!」

…躱されるならば、その先の先を読んで
連撃を加える、剣術、体術と鈍い音を数回響かせ


「ふっ!……、貴方を住なすのは毎度ながら
至難の技、やはり先に、幹を砕くとしようか」
「なにっ…ッ!?」


追撃の間にそんな事を言われ局長に向かおうと
此方に背を向ける…そんな事…させないと…追う

その瞬間に、振り返られ、天霧と目が噛み合った
俺の中に確かな隙と動揺が生まれた


―ザ…ガギッ……バキィンッ!!
「はっ…!?」
「人間の存在が浪神鬼の弱さとなるのは
とても、嘆かわしい事だ…ハァッ!!」


一瞬の隙すら見逃さなかった天霧は
刃の振るう動きが鈍った手首を掴み、刃を打ち砕いて


ザッ…ドシュッ!!
「ぐっ…ア"ッ!?」
「暫く、そのまま動かないでもらおう」


その折れた刀身を腹に投げ刺し追撃に
重い蹴りを喰らわされ近くの木に打ち付けられた


―ダタッ…シャキンッ!
「縁君!!」

「局長…!行っては駄目です…長の繋ぐ思いを無駄にするつもりですか!?」

「っ、構わん!!これ以上仲間を守れずして
庇われたまま逃げるなど武士に在らずっ!」
「?!」

「…浪神鬼の言う通りに、このまま
逃げていれば怪我をせずに済んでいた、が

――…それが武士の誇りとやら
…勝ち目の無い戦いにすら挑む無謀さだが、嫌いではない」



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