薄桜鬼〜孤独な彼岸花〜

□中編
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「……取り敢えず俺は江戸に駐屯してる増援部隊を呼んでくる
此処で負け戦をする訳にはいかねえ、縁…お前には…」

「全て、承知しておりますよ
近藤局長のことも
残りの隊士のことも出来うる限り最小限に止めますので…」


そう告げれば、歳さんは少々
返答に困った感じでいたが

直ぐに真剣な表情に戻って


「……察しの良さに感謝してる…斎藤、お前にも頼んだぞ」

「御意」


副長の命を受けた一は、すぐ
隊士達の元へ走る

俺も共に走る途中で足を止め
木に向かって声を向け


「土方副長の護衛に、就いてあげてください…増援部隊を呼ぶ道中の邪魔があれば排除して構わない」
「承知した」


木の葉がはらりと目の前を舞う
背後に振り返れば
急ぎ足で離れていく
歳さんの後ろ姿…

これ以上に、辛い思いを積み重ねさせるのは心苦しい


だが、今は目の前の問題を
どうにかしないとならないか

本当に…もどかしい







* * * * *


***


その後、甲陽鎮撫隊は
じりじりと敵に包囲され始めた

近藤局長は、自分達は
あくまでも幕臣として、甲府城周辺を守って居るだけだと
説明したのだが…――。


「お、俺達は新選組だ!
鉄砲部隊!前へ!!」

「?!、待ちなさい…っ――」
「撃てぇええー!!」



先走った新入隊士が何時の間にか前に出ていて、発砲した

それに後発された鉄砲部隊も
続いて撃ってしまう始末。


隊の乱れから、これを
切っ掛けに戦闘が勃発する


「…刀や鉄砲で向かっても、向こうの洋式化された連射銃や大砲では多勢に無勢か…」

「ええ、そして何よりも先手を崩されたことで後詰めにも酷く動揺を誘ってしまいました…」


「……縁、退路を確保する…此処は俺に任せて、局長を…」

「それが最善ですね…」
「…嗚呼」



ままならない指揮のもと

そして幕府から頂いた銃や大砲も敵に弾が届かない為
此方が一方的に
攻撃される事となってしまった

このままでは全滅するのは
時間の問題だろう

何度かの進言で、近藤局長も
やむなく撤退命令を下し
じりじりと後退する事になる。


―ザザッ……スタ
「退路は確保…しかし
何時まで保てるか分かりません
お急ぎください」

「…局長、撤退しますよ。
悠乍は局長の側に」
「御意」

「し、しかし、隊士達がまだ
戦っているというのに
我々だけ逃げる訳には……!」

「俺達の役目は貴方を生かす事
新選組の局長が無くなれば
それは皆が死んでしまうというのに、変わりありません」

「だが…っ」

「近藤局長……此処で負けても
まだ、終わりではありません
貴方が居れば…新選組の名の元
再び立て直せる。…だから
歩みは止めないで下さい」


「……、わかった…」


辛いだろうが、それでも
近藤局長には生きてもらわねばならない…それが、新選組の
皆の願いなのだから

近藤局長の背と手を引いて
退路の山道を
少数の部隊で必死に下る


「………」


その道中、近藤局長は痛ましい眼差しで山道に折り重なって
倒れる隊士達と、
そして劣勢に置かれている
自軍を見つめていた。

唇を噛み締め、涙ぐみながら
まだ戦っている隊士達のいる方向へ深々と頭を下げてまで

その表情は、とても暗い。


そこへ、最前線を切り開いた
一が此方の後方に戻ってきた。


「…問題ないか?」

「ええ。そちらも問題なく」

「嗚呼…行くぞ…」


互いの現状況、段取りに呼応
一と悠乍と俺とで頷き合い

俺達は退路を歩み続けた。









* * * * *


***


その後、近藤局長のことは
俺と一とで手を引いて
夜の森を歩き続けた

辺りの警戒には悠乍が、気配を張り詰めながら見回っている


「長、もう少しで、この先に
八王子が見えます」

「そうですか、ありがとう
引き続き警戒を怠らぬように」
「はっ」


「……八王子か…」

「局長?」


ぽつりと出た近藤局長の声
しかし、その声音にはまったく
生気が感じられなかった


「……隊士達を、たくさん
死なせてしまったな」

「………」

「大将が俺じゃなくて別の誰かだったら……、あいつらも死なずに済んだかも知れんな…」

「…局長…、!…伏せて…」
「!?」
―ザサッ…


失った隊士の数々を見て来て
大将として在るべきを
失いかけている近藤局長

このまま何も言わないのは
逆効果だろうと、言葉を口に出そうとした時、人の気配

咄嗟に局長と共に茂みに伏せた


「……おい、
そこにいるのは誰だ?」


茂みの外から、聞き慣れない
軍人調の声が飛んでくる。

茂みの葉の隙間から相手を覗き見ると、洋装軍服を纏っていた


――…新選組隊士でもなければ
洋装の会津藩…幕府側でもない


「我々の声が聞こえんのか?
今、確かに物音がしたぞ」


身を隠す際にしくじったな
後からの後悔もたたず
軍人の声は先程よりも声音を鋭くして、明らかに此方方面に
発している、このままでは
やり過ごせない

何とか時間を稼ごうと
立ち上がろうとした時


―パシ…

「……俺が、時間を稼ごう。
縁は局長を連れて逃げてくれ」

「……、…」


手首を掴んで俺を止める一

束の間…考えに考えた結果
頷きを返答に
一に頼むことにした

木の上では悠乍も、何かあれば
援護に回ってくれるだろう

それに後方支援でも
尚光と弦之助の何れが
回ってくれるはず

しかも…このような暗がりでは
余り目立たないだろうが
改めて見れば俺の出で立ちは
多少なりに違和感を覚えさす。


――…口八丁手に撒くし
立てる自信もあるのだが…


いや、やはり無難の一に
任せておこうか。

善は急げとばかりに
なるべく音を立てないよう
その場から、離れた



俺の気配を騒ぎ立てる何かにも

ゆっくり、近づいている


無意識にも、早く離れようと

山道を駆け下りた。




―――、ザッ……

「縁君…?」

「……局長、さがって下さい」


と、鋭い気配が一瞬
手を差し出して局長を後ろに

それと同時に俺達の目の前に
見知った人影が立ちはだかる。
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