薄桜鬼〜孤独な彼岸花〜

□土方歳三編
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あれから月日が経ち、俺はよく副長助勤として勤めていた


「上が最近怪しい動きを見せてます……戦の時は…近い…」

「……変わらねえよ…上が何してようが、俺の守るもんは
ずっと変わらねえ……」


総司の事や局長のことも…

誰にも頼らない、弱みも何も見せない筈の彼が俺にだけは
表には出さないが…何かと頼り
縋る何かを思わせてくれる


「歳さん……」

「それに…お前が……縁が居るなら…尚更なんだよ…」

「…………」


だからだろうか…

力になりたいと
心の何処かで強く思い始めた



それは人としての心だろうか


それとも…
鬼としての渇望だろうか。









* * *

一月三日、部下の報告を受けた

下鳥羽や小枝橋付近で街道を封鎖する薩摩藩兵と大目付の滝川具挙の問答から軍事的衝突が起った。鳥羽での銃声が聞こえると伏見でも衝突、戦端が開かれた。


「報告…っ」
「琥朗…よく無事だった…状況は」

「兵力差、薩長連合軍、主力は薩摩藩兵にて五千…対し此方は一万五千を擁しているが…。鳥羽で総指揮官を務めていた筈の竹中重固は不在」
「!?…何だと…こんな時に」

「滝川具挙も逃亡などで混乱している、幕府軍は狭い街道での縦隊突破を図るのみ、優勢な兵力を生かしきれていない…薩長連合の弾幕射撃によって前進を阻まれている」

「では、会津は駄目ですね…」
「察しの通り」

「…ご苦労……悠乍は?」

「原田組長の隊へ救護に」


「そうですか…」


俺の察しに琥朗は頭を下げる
奉行所付近では先行った幕府歩兵隊や会津藩兵、それに副長が率いる新選組の兵が交戦している筈だ。

だが様子から…――歴史通り…


「土方さん、もう無理だ!奴ら
坂の上にバカでかい大砲を仕掛けてやがる!坂を登ろうとした端から撃ち殺されちまう。ありゃ、斬り合いに持ち込むなんて無理だぜ」

「……しかも奴らの持っている銃、射程が恐ろしく長い。
かなり離れているというのに
二発に一発が命中している」

「…、……」


奉行所内に駆け込んできたのは
戦地から戻ってきた左之さんと一…悠乍も無事で安心した


「…新八の奴はどうしたんだ?
見当たらねえが」

「新八なら、二番隊十五名と共に敵陣へ斬り込みに行ってる」

「敵陣に斬り込みって……正気か!?どう考えたって生きて帰って来られる筈がねえだろ!」
「……………」


左之さんの言葉に歳さんは、青ざめる程に強く唇を噛み締め
その場に立ち尽くした
外から、相変わらず
大砲の轟音が聞こえてくる。

…誰もが新八の死を予感させる
そんな時だった。


「よっ、ただいま!今、戻ったぜ!」
「……新八!」


呆気に取られそうな程の軽い調子で当たり前の様に戻った
新八の姿に皆が驚きの表情で
彼に振り返る


「い、生きていたのか!?まさか……」

「おっと、幽霊じゃないぜ。
よく見てくれよ、足もちゃんとついてるから」


驚く歳さんを宥めるにも、この状況では意味を成さない


「使って下さい」

「おう、すまないな」


取り敢えずは平常を装う笑みを作る新八を見かねて傍に寄り
手拭いを渡した、埃と泥
返り血……激戦の中で戻ってこれたんだ…彼は。


「…無事で本当に良かった」

「嬉しいねえ、ありがとよ…
ただ…敵本陣に飛び込むのはどうやっても無理だった。
先に出て行った会津の部隊も
押し返されてるみてえだ」

「……副長、これ以上は無理です。撤退のご決断を」
「……………」


新八の状況説明と島田さんの言葉に歳さんは眉間に深い皺を寄せ、憤怒の表情になる、それは向けようもない自身への物か

…その矢先――。


「おい、何だこりゃ?何処かから煙が流れてきてやがるぞ」

「大砲の火が、奉行所に燃え移ったか!さっさと逃げねえとやばいぜ!土方さん、撤退だ!」


次第に広がりゆく煙に焦る皆
新八の言葉にも歳さんは顔を上げようとしないのは、やはり


「トシさん……」


新選組が今までずっと、負け知らずだったから。そんな彼らが今、成す術も無く押されているから

それは心血注いで新選組を作り上げた歳さんにとって、何より
受け入れがたい事実の筈だった

ならば、自分が苦渋の決断を受け入れよう…歳さんがこの先
立ち止まらず
まだ、歩んでくれる事を信じ。


「――…会津副藩主として新選組に命じます。…撤退です、この場は捨てなさい!新選組はこんな所で終わってはなりません…!」

『……!!』


嫌にシンと響き渡った言葉
未だに権力が存在する此の利用
この決定権に拒否は無い…何故なら会津副藩主としての命は
副長、局長の命と変わらぬ物だから…この先、まだ終わらぬと誰もが力強く頷きを返した


「……なるほど。もう、刀や槍の時代じゃねえってことだな」


俺の決断に歳さんも否は無い
双眸は鬼の副長のモノでも
寧ろそれしかないと解っている
だけど受け入れたくないだけ

それが彼の両の拳に現れている
薄らに血が滲んで…
痛ましく見えて片方を両手包み


「歳さん…御決断下さいますな……これ以上は危険です」

「……………解ってるさ…縁…心配掛けて…すまない」
「…滅相もありません…」

「――……俺達はまだ負けた訳じゃねえ。だから、この借りは必ず返してやる」


そう決意するように歳さんは
誓うかのように悔しさに瞳を燃えたぎらせ、そう言い放った

苦渋の決断だろう

…何故か見入ってしまった…この鬼の様な瞳は支えねば、と




* * *

「!!………血の匂い…?」

「縁…何か気付いたか…」


何処か遠くを見据えた自分に歳さんも気付いて手を止める

戦の後処理の時のことだ
突然、ゆっくりと流れてきた様な血の臭いは此処から遠くない
そんな場所に悟得る

敏くなったこの身が感じる
嫌な予感しかしない、仲間が危ういのだと危険を知らせる


「歳さん、すみません…彼らが近くに居る……捨て置けない」

「…待て」
「!?」


腕を掴まれ、止められてしまうのかと…変に焦ってしまう

目標対象はこの場に居ない以上
標的は俺へと変わったのか…何にせよ…これ以上の冒涜を許さない、歳さんの大切な仲間を傷付けるのは俺が許せない


「そんな顔するな…縁を止めたりしねえよ」

「では…?」
「お前ばっかり気を負わせるつもりはねえ。俺も行く…嫌な予感がしてならねえんだ…」

「……はい…急ぎましょう」


嗚呼…違う、俺は烏滸がましい
俺以上に歳さんだって…
仲間思いのこの人は何時も…。

ならばこの人と駆けよう


例え、どんな事になっても
目を逸らさないように……。
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