薄桜鬼〜孤独な彼岸花〜
□拾九
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「山南さんは山南さんです…。
…新選組総長、山南敬助はあの方以外の他は在りません……
例え、人ならぬ羅刹とも…」
無意識だった、ただ俺は
山南さんを満足に何もしてあげられなく居て悲しく、先だって
彼によって傷付いた首の傷に手当ての上から手を添えていた
「………そうか…そうだよな
あの人は山南さんでしかない」
「!……」
その上から更に左之さんが何かを悟ったように、哀愁を含めた笑みを浮かべながら俺の手の甲に掌を重ねて、酷く驚いてしまったのは言うまでもなくだった
「さっき、新八が言ってた事も分かる…縁が言う事も――でもよ…だからこそ、羅刹、って言わずに平助の事も考えりゃ……例え何になろうと、あいつらは俺らの仲間だろ、薬を飲んだ後、何度か話したけどよ。別にあいつらは何一つ変わっちゃいない、話して動いて笑って、冗談言って……な」
「…左之さん」
「取り敢えず生きてりゃ、楽しい事は沢山あるからな」
「……ですが」
ふと、左之さんの言葉がどうしようもなく俺の心を刺した…
俺の境遇が羅刹となった彼らと似ているから、そんな事もあったかもしれない……だけど、生きる事は苦しい事でもあるんじゃないかと思う
ふと左之さんに問うてみようと見据えれば、彼は先程の言葉とは裏腹にどこか虚ろで居た
「…だけど、あいつらは……表向きは死んだことになってるからなぁ…。もう、大手を振って外を出歩くことすら出来ねえ」
「………」
「昼間はまともに動けなくなっちまった……ましてや、血に狂ったら、見境無く人を襲う悪鬼になっちまう…そうなった奴らを止めるには縁しかいねぇとなり、今度は縁が身を犠牲にして躯を傷付ける繰り返し…」
「!……」
――ドクッ…ドク…
「もう、こんな事は嫌だと思っちまったら、死んだ方がマシって思うときの方が、多いのかもしんねぇな」
左之さんはそれで自分を嘲ているのだろうか、その淡々とした事実を並べ立てる事で、自分の言葉の矛盾を…
生きていれば楽しい事もある…
そんな事を言ってしまった自身を後悔して嘲笑ってるようにしか見えない、やるせない気持ちが伝わり俺も苦しい
「……っ……」
辛い思いをしている左之さんに付け込もうと、憐れみ向けながら喰らいたいと考えるこの思考が愚かだと嘲笑いたい
「もう、生きていないってことにした人間を斬り合いの為に生かしておく……あいつらは、斬り合いの為だけに存在してるのか?それ以外には価値が無いってのか?」
「……………」
―ドク…ドク…ドク
己の動悸が五月蝿いくらいに惑わす、悲し気でいて…虚無
ただ、俺に向けられない
彼の瞳には自問自答するような問い掛けだけが在る
それが喰らいたいと…
左之さんが欲しいと
気付いた時には
―トサッ…
「え……縁」
「……左之、さん…」
彼を畳の上に押し倒していた
最初は目を見開くも、次第に虚ろいでいた表情が穏やかになる
左之さんに、俺は
理解出来なかった…俺の望む事は、分かっている筈なのに…
「……新八が羨ましいよな…。あんな風に怒れる方が、まだしもまともってもんだ」
「……想いは…新八と変わらず…貴方も同じ…人間は…そう」
「縁は…そう思ってくれるのか…?」
「ええ…」
手を顔の隣りに、そっと顔を近付けながら左之さんの額と
自分の額を触れ合わせながら
「でも……俺は、あいつらに何かしてやれるのかな……羅刹になった仲間達によ、お前と違って俺は医者とかじゃないから…な。……救ってやるなんて烏滸がましいけどよ…」
不安気に問うて来る左之さんに
もう片方の掌で彼の頬を撫でながら無意識に優しく微笑む
次第に顔が移動した先は肌身が露わとなっている首筋へ
抵抗を見せない事をいいことにと急速に覚える身の渇き
望み出る欲、飢え
「……さ、の……さ…ん」
欲しい…この人が……欲しい
「…何か……してやりてえ……。だから、せめてお前は…縁だけは…俺の血でも満足するなら…な」
「ああ……その身…愛おしい…
…この躯を、満たして…」
―ブツ"ッ!!
「っ"……く……!」
駄目だとわかっても左之さんを望んだこの躯は彼の頸筋に
愚かに牙を立てた
深く抉って血を貪る
痛がる彼を省みず、自分の為に
傷付ける行為を繰り返す
―グチュ…クチャ…
「っ…く……はっ、縁……お前は…苦し…む、な……よ」
「!?」
俺の手で羅刹は救えるだろうか
この躯は救われないが運命
人を喰らう事でしか、この身を苛む苦しみは逃れられない定め
人を喰らうは罪
人を救うは罪滅ぼし
ならば、俺が為す事は一体…
――ただ、口の中に広がる血だけが…思考を酔わしめた…。
To be continued.