たからもの

□フリー配布ss
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き ら き ら



 その朝、仙道が目を覚ますとその腕の中に神の体温はなかった。
しかしベッドには微かに温もりがあったので、きっと彼も起き出したばかりだろうと推測してすぐに起き上がる。寝間着代わりのTシャツと半ズボン姿で、軽く顔を洗ってからリビングへ足を運ぶ。
「おはよう、仙道」
「おはよう神」
 大学の卒業式を終えてから一週間も経たぬ内に、二人は同棲を始めた。勤める会社は違うが同じ電車の沿線上であることは分かった時点で、同棲について消極的だった神を仙道は就職が決まってから半年程かけて説き伏せたのだ。
 四月から五月にかけてはそれぞれ泊まりがけの研修やら何やらあったのですれ違うことも多かったのだが、七月になってやっと仕事のペースも掴みはじめて同棲生活にも余裕が生まれてきたところだ。
 二人は同じ電車に乗って出勤するので、起きる時間にほとんど差異はない。高校時代は寝坊による遅刻が多かった仙道だが、さすがに社会人となった今は自覚を持って自分で起きている。――一ヶ月に一度程は神に起こしてもらう羽目に陥ることもあるのだけれど。
 食事を作るのは特にどちら、とは決めていない。早めに起き出した方が自然と用意をする。今日はもう、神がキッチンに入って準備をしていた。
「今日、食パンが切れていたから和風だよ。味噌汁もうすぐ出来るから、先に着替えてきなよ」
「うん、そうする」
 リビングを出ると、仙道は締まりなく幸福に緩む頬をぺちんと両手で叩いた。いまだに、こうして神とゆるやかな朝を過ごせることが時々信じられなくなる。夢ではないかと確かめたくなる。
「……夢じゃない、よな」
 独りごちて現実を確認してから、仙道は自室に駆け込んで手早く着替えを始めた。


 豆腐と大根、人参、玉葱の入った味噌汁の椀とご飯の茶碗を並べ終えたところで、着替え終えた仙道が戻ってきた。
「和風の朝食なんて久しぶりじゃない?」
「うん、ここのところずっとパンだったしね」
 向かい合わせに坐り、手を合わせてから箸を取る。
「神、そこの新聞取ってくれる?」
 仙道は毎朝、朝食を食べながら新聞を読む。神は、食事をするときはそちらに集中してしまう質なので初めこそ驚きがあったが、最近ではすっかり馴染んでいる。手渡すと、「ありがとう」と笑顔が返ってきた。
 共に暮らしてみて、仙道は些細なことにでもきちんと「ありがとう」を言ってくれることに気が付いた。元々感情表現が豊かであることはわかっていたが、家の中でも同じようであるのが嬉しかった。
 半分に折り曲げた新聞の一面に目を落としながら、仙道は器用に箸を使ってご飯を口に運んでいる。瞬きに揺れる睫毛は長い。神も長い方だし、仙道からいつも「神の睫毛は長くて綺麗だなぁ」と言われるけれど、仙道だって負けず劣らずだと思っている。
 しばらくぼうっと仙道を見つめていたら、その視線に気づいたのか仙道が神の方へ瞳を動かした。
「どうかした?」
「いや……ただ何となく、仙道を見ていただけ」
 仙道はくすりと笑って、「道理で熱い視線を感じると思ったんだ」と言う。
「見られてるって、わかるもの?」
「うーん、何となくね」
 神の視線だからよけい敏感なんだよと付け足されて、少し恥ずかしくなった。
「神、ご飯が全然減ってないよ?」
 ぱっと時計を見上げると、いつもより長針の位置が進んでいた。ぼんやりとしすぎたようだ。少々急ぎ気味で朝食を平らげる。
「皿は俺がやっておくよ、そのまま置いておいて」
「ありがとう、仙道」
 洗面台で歯を磨き、軽く髪を整える。開けていたシャツの第一ボタンをかけてからキュッとネクタイを締めた。
「神ー、ネクタイ見てー」
 仙道はまだ、ネクタイを締めるのがいまいち得意でないらしい。神は高校生の頃制服がブレザーだったので、ネクタイには慣れている。確かに仙道の通っていた陵南高校は学ランだったけれど、就職活動でスーツ着ただろう? と問えば、だいたい友達に締めてもらっていたから、などと答えが返ってきた。だから、出勤前に神が確認してやるのが日課なのだ。
「そろそろ上手くならないと、困るよ?」
「わかってるんだけどね。……神がいるから、つい甘えちゃうんだよ」
 そう言われると、自分の存在が仙道の中で大きなものなのだと感じられて、何も言えなくなってしまう。
「はい、これで大丈夫」
「ありがとう」
 こんな些細なことでも、仙道が頼りにしてくれるのはやはり嬉しい。笑顔でお礼を言われるとますますそう思う。
 仙道が歯を磨いている間に、神は玄関で靴の具合を確かめる。仙道の靴に少し汚れが付いていたので、拭き取っておいた。
「仙道、戸締まり大丈夫?」
「オッケー。行こうか、神」
 鞄を持って玄関へ出てきた仙道は、靴を履くために坐っていた神の肩に手を置く。神が顔を上げると、掠めるようなキスをした。
「これで今日も頑張れる」
「……じゃあ、俺も」
 神は仙道の頭を引き寄せて、その頬にキスをする。
「頬で良いの?」
「朝は頬にって決めてるんだ」
 唇が再び触れ合いそうな程顔を近づけたまま微笑してから、二人は立ち上がってドアを開けた。

*****
「空色幻想」(管理人:碧乃さま)の60000hit企画のコーナーからいただいてまいりました。
ほんっとにきらきらしたふたりです。ここのサイトの仙神ではこの光景はありえませんね。

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