たからもの

□いただきものss
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20000HITを踏んで書いていただいたssです。


WANNA BE WHERE YOU ARE

for.千尋さま。

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ある晴れた月曜の朝。


「……、ぅルせえ、」
けたたましくアラームの鳴り響く、怪獣の型をしたふざけたデザインの目覚まし時計に手を伸ばして。
その怪獣のツノを押さえ付け、アラームを止めると福田は、怪獣を自分の枕許の視界に入る場所まで引き摺った。


─AM10:00


「…っ?!」
目覚ましの指し示す時刻を見て、福田は明らかに焦り、自分の目を疑う。
そして、ガバッ、と。
そんな効果音でも聞こえるかのように、ベッドの掛蒲団から上半身を起こした。


『明日は、祝日だし練習もないから。
一緒にどこかに出掛けよう』
『…それって、』
『デート、』
『……』
『な訳ないだろ、男同士で』
『……、だよな』
『当り前だろー』


「……?」
そう言って昨夜、この狭いベッドの上で寝そべる自分の隣に、胡座をかいて楽しげに話していた神の姿が、見当たらない。
「…ジンジン?」
一人取り残されたらしい事に、すっかり鮮明になった福田の頭は理解して。
次いで、手に納まる怪獣の腹に刻まれた時刻に、再び目を落とした。



この夏のインターハイ予選で再会してからと言うもの、週末になれば必ずと言って良いほど、神は福田の家に泊まりに来ている。
中学時代を一番近い関係で過ごした彼らの再会に、時間の隔たりなどは破片もなくて。
互いのことを渾名で呼び合っていた中学時代と何も変わらず、一番近い関係はすぐに再築された。
違う高校に通っていても、部活の上ではライバル同士でも、学生服を脱いで終えば、昔と何も変わらない関係だった。


『自分の家より居心地がいいから』
と、決して不運な家庭ではなく、寧ろ幸福そのものの恵まれた家庭にいるにも拘わらず。
金曜日の夜になると神は、決まっていつもそう言いながら福田の前に上がり込んで来る。
『…仕方ねぇな』
そしていつも、福田は神に敵わなかった。
それに、自分にこんなにも好意的に接してくれる人間を、神以外に福田は知らなかったから。
そのことがとても嬉しくて、ついつい舞い上がって神の思惑に嵌って終っていた。



『じゃあ決まり。明日は8時に起きよう!』
と。
その神の細く長い指で確かに昨夜、怪獣の腹時計は8時にセットされた筈だったのだが。
すっかり、2時間も過ぎているではないか。
「…あ、携帯」
もしかしたら夜中に、神が悪戯を施して、時間を狂わせたのではないか、と。
その考えに思い至った福田は、携帯電話を取りに行くのを理由に、ベッドを出る決意をする。
「……、」
足許には昨夜、神が使った、すっかり専用になって終っている蒲団と枕が、綺麗に畳まれてベッドの端に置かれていた。



世間の皆が知る神 宗一郎と、福田の知る彼とは、随分と印象が違うらしい。
“頭が良くて礼儀正しく、いつも静かに微笑っている、物腰の柔らかな、穏やかでいて聡明な人”
これが、世間の皆が抱いている、神の印象だった。
が。



『フッキー、おはよー。
フッキーの寝顔があんまり可愛かったから、なんか起こすの可哀相になっちゃったんだよねー。
オレ、先に出掛けとくから、フッキーはゆっくり眠ってから出て来てねー』


「……、」
フルフルと、身体を戦つかせながら福田は、8時過ぎに残された携帯の留守電を聞いていた。
留守電に吹き込まれた声は、自分のことを唯一“フッキー”と呼ぶ、神のものだった。
「ジンジン」
これがもし、福田以外の相手であれば。
恐らく、“ごめん”とか“待ってる”とか、柔らかな言葉が入っていたのだろう。
けれど。
「……、」
明らかに、相手をからかうように楽しそうに笑って話す神の声に、福田は小さく溜息を吐くほかなかった。



そんな風に。
福田の知る神 宗一郎は、いつもどこか酷く子供染みている。
それから、良く笑い良く喋る、別人のように明るい人間だった。
それは恐らく、福田が神のことを、誰よりも安心させてくれて。
そして誰よりも、夢中にさせている存在だからに他ならないのだが。
当の福田は、まだそれには気付いていないらしく、神もまた自覚するにまでは至っていなかった。



「……、」
8時には起床して、いろいろ服やアクセサリーを、余裕で選んで恰好良く決めて。
“大切な人”と一緒に、出掛けるつもりだったのに。
「あぁ、歯磨き…」
と。
歯を磨く事も忘れて終いそうなほどに、一人取り残されたことに落ち込みながら。
気持ちだけは、早く神を捜しだそうと、酷く焦っていて。


その結果。
「……、」
一応は、身仕度を整えたつもりで立った鏡の前で福田は、今度は酷く大きな溜息を吐いた。
「……、」
鏡に映る、明らかに納得の出来ない自分のセンスに、もう一度溜息を吐いて。
「…仕方ねぇ」
そう零した福田の顔は、自分でも気付かない程度だったが、口許がほんの僅かに弧を描いていた。



玄関を出て、冬の陽射しの意外な眩しさに、手を翳そうとした瞬間。


─ふわり。


と、視界を。
「……っ!!!」
酷く冷たい手によって遮られて、その手のあまりの冷たさに、福田は3cmほど飛び跳ねて終っていた。



閑話。
「ねえねえ、フッキー怒ってるだろ?」
「…知らん」
「相当怒ってるねー?」
「……、」
冷えきった手を、コートのポケットの中で温めながら、さっきから神は福田の顔を覗き込んでいる。
“花が咲いたような笑顔”──。
長身の男には似つかわしくない表現かも知れないが、大きめの綺麗な瞳を輝かせている神の笑顔は、正にそうだった。
「……、しつこいぞ」
「そうかな?」
「…あのな、」

その瞳と視線を合わせてしまうと、吸い込まれて終いそうな気がして。
神が覗き込んでくると、福田は反射的に頭を逆の方向へ向ける。


そんなやり取りが5分以上続いて、そろそろ飽きて来たらしい神が、正面を向き直した途端。
「…っくしゅ、」
「……ジンジン、馬鹿だろ」
不意に、くしゃみをした彼をみて、福田は呆れた風な顔をしてみせた。
「…ったく、」
真冬寒空の下、知り尽くした福田家の玄関裏で、さっきの悪戯をするだけの為に、神は2時間も待ち伏せていたのだという。
くしゃみのひとつも出て、当然だろう。


「ありがと」
「…何が、」
「オレの事、慌てて捜そうとしてくれたんだろ?」
「誰が、」
「フッキー」
「…なんで、」
「靴下」
「は?」
「左右が違うものだよ」
「…げ、」


─きっとフッキーは、それだけオレに夢中なわけだよ。


ふっ、と。
くしゃみで緩んだ鼻先を摘むように擦りながら、神は微笑う。
その笑みは、福田にしか見る事の出来ない彼の素顔だった。
「……、」
もう一度、福田は溜息を吐く。
けれどその溜息は、自分の感情に気付いてしまったことに観念する為の、苦笑に紛れてすぐに消えた。


─やっと、想いが叶ったよ。


「……、」
いつまでも、鼻先を摘んでいる神の手を解いきながら、福田は神と瞳を合わせた。
想いを飲み込まれてもいいか、などとぼんやり考えながら。
そして。
「そういう事になってるから」
その整った顔を、暖かな両手に包んで。
「もしかしてフッキー、今、オレを口説いてる?」
「…ぅルセえ、どっちがだよ」
「……、」
くすくす微笑いながら、くすぐったそうに瞳を閉じて僅かに俯く神の鼻先に、福田はそっと唇を押し当てた。





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05/03/2008


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