Short story

□beast
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お世辞にも穏やかとは言えない目つきに鋭い瞳、大きな身体を備えている彼は、誰が見ても不似合いだと思うような場所に立ち、それらを見渡している。

ここは母が経営するフラワーショップ。数日前から毎日、数分花を眺めては去ってしまうその男性客は、今日もやって来たかと思えばふらりと姿を消してしまった。


「……贈り物でも選んでるのかしら」
「よく来るわよね、ポートガスさん。最近」
「ママ知ってるの!?」
「この間、予約入れてくれたから覚えてるのよ。それに、あんなにお花が似合わない人初めて見たからすぐわかるわ」
「ふうん……」

ふふ、と笑い仕事に戻る母親から、彼が出て行った出入り口へと目を移す。

「(変な人……)」
わたしはエプロンを付け直し、再度花の手入れを始めた。無論、頭の中のどこかには、彼の立っている姿が浮かんでしまう。集中、と自分に言い聞かせ、ハサミを手に取る午後3時半過ぎ。




____


翌日、閉店を迎える20時頃、シャッターを閉めようと出入り口付近で手を上に伸ばすとすみません、と男の人の声。

「ごめんなさい、今日はもう閉店、」
振り返った先に居たのは、ここ数日ずっとわたしの心の中の端の方に存在していた彼だった。

「あー、えっと、今日予約してて、19時半に取りに来る予定だったんだけど…」
「あ、ご、ご予約ですね!少々お待ちください!」

初めて聞いた彼の声に何故だか変に緊張してしまい、若干戸惑いながらシャッターから手を離す。

「ご予約のポートガス様、お花はパンジーでお間違いないですか?」
「ああ、ありがとう。閉店間際にごめんな、仕事が長引いちまって」
「いえいえ、閉店する前でよかったです。贈り物ですか?」
「ああまあ、そんなとこ。」

わかってはいたが、近くで見るとさらに体格差を感じてしまう。渡したパンジーと彼の姿は何だか正反対の存在のようで、つい笑ってしまった。

「あ、ごめんなさい、あまりにもお似合いだったもので」
「……思ってねェだろ」
「よくわかりましたね、すごい」
「そりゃどうも。花屋に来るのは正直、ここが初めてなんだよ。」
「わたしも。こんなにもお花が似合わない方がいらっしゃるのは初めてです」
「おまえ正直だな……」

苦笑する彼に、でも、と言葉を続ける。

「貴方ほど、大切そうに渡したお花を持ってくださる方も初めてです。」
「!」
「なんだかこう、嬉しい気持ちになるわ。ありがとうございます、ポートガスさん」
「……ポートガス・D・エース」
「へ、」
「おれの名前。すぐ近くの車屋で整備士やってるんだ、また来てもいいか?」
「……もちろん」
「じゃあまた」

彼が去ろうとした時、自分でも驚いたけれど少し大きめの声で引き留める。

「あの!」
「?」
「……よ、喜んでくれるといいわね、お花」
「…おう。そうだとおれも嬉しい」

自分から言っておいて、この胸の痛みは何なのだろう。どこか複雑といった表情で優しく笑う彼にじゃあ、と手を振り、シャッターを閉めた。










それからずっと、彼は必ずこの店に寄るようになった。注文した花を取りに来たり、店の花を眺めながら会話をしたり、いつしかそんな時間を心地よく思うようになっていて。


「そろそろ教えて、エース」
「?何を」

相変わらずしゃがんで小花を眺めながら、こちらを見ずに返事をする彼。今日こそ聞くのだ、と意を決していたわたしは、まっすぐと彼を見つめ問う。


「予約してるお花は誰に渡してるの?恋人?」
「………」
「あ、答えたくないなら、別に無理に答えなくても、」
気になっただけだから、と髪を耳にかけ仕事に戻ろうと花を束ねる。すると、急に立ち上がった彼がわたしの前へとやって来る。

「……これくれ。プレゼント用で」
「え、あ、は、はい」

今束ねていた、花束用の花達を指差し彼はそう告げる。プレゼント用、そう注文されるのは初めてだった。やはり、相手は恋人なのだろうか。

「出来ました。30ドルです」
「さんきゅ。あとさっきの返事、花渡すのは恋人じゃない」

またな、と言い彼は店を後にした。


その日の閉店時、シャッターを閉め、ふと自店の看板が置いてある椅子を見てみると、わたしは目を丸くした。

先程彼が買った花束がぽつん、と置いてあったのだ。急いで手にとってみると、リボンに挟んであったのは小さなメッセージカード。

『for you.』

カードには、確かにそう書かれていた。ほんのりと耳が熱くなるのがわかる。上がる口角を我慢することなどできず、優しく抱きしめるように花束を胸元に押し当てた。





_____



カランコロン


ドアのベルが鳴り、今日もやってきた世界一花が似合わない彼。笑顔のまま、少しぎこちない様子の彼を、わたしは見つめる。

「ロマンチックね、花束だなんて」
「……喜んでくれたか?」
「ええとっても。大事にするわ」

今日はいつもよりも空いていて、店内はわたしと彼のふたりきり。カウンターから出て彼の目の前へ立ち、ありがとう、とお礼を言った。

「……おれの、一目惚れだ、多分」
「えっ」
「オフクロに付き合わされて初めてここに来た時、おまえのこと見つけて、それで、その、」
「……エース、わたしのことすきなの?」

ぽかんとして出た一言目は、そんな言葉だった。彼は少し間を取ってから、ああ、と緩く曲げた手の甲で口元を隠し目を逸らす。

「予約の注文は、」
「あれはオフクロに。入院中だからさ、まああわよくばナナシに会えたらいいと思ってはいたけど、結局あれから毎日来ちまってるしな」
「……わたしに、会いに?」
「………おれが居たらお客さん怖がらせそうですぐ店出るけど」

今度はほおを掻きながら照れ笑いを浮かべる彼に、嬉しいやら恥ずかしいやらの気持ちが募る。

「エース」
「?」
「……わたしが言ったこと覚えてる?貴方ほどお花を大切そうに持ってくれる人は居ないって」
「……」
「可愛げがなくてダメね、わたしったら。あの時に言えばよかったわ、貴方がお花をあげる相手を勝手に想像して、勝手にヤキモチやいてたこと。」
「……え、」
「わたしもすきよ、エース」

多少困惑気味の彼にぎゅっと抱きつけば、背に回った大きな両の手のひら。

「……ちっせェな」
「貴方が大きいのよ。もしかして今日、外で長いこと待ってた?身体がとっても冷たい」
「すぐ入れるわけないだろ、花束突き返されることだけ考えてたんだからよ」
「ふふ、わたしそんなに冷たい子にみえる?」
「いや、おれが好きな子は、」

彼は大きな身体でわたしの肩元に顔を埋め、そっと告げる。

「……すげェ、あったかい子だ」

そんなわたしたちを見ているのは店内の花達だけで、まるで祝福するかのようにその花弁は、窓から入る風に吹かれて揺れる。

End.



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