Short story

□mine
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「ねえサボくん、今何時?」
「大変申し訳ございません。」

自宅の玄関先で頭を下げる経験をするのは初めてだ。笑顔を浮かべながらも確実に怒りのオーラが滲み出ている彼女へ向け謝罪をしている理由は、無論、今の時間にある。


23時12分


『今日は20時に切り上げるから、終わったら記念日を祝おう。じゃあ、行ってくる』
『行ってらっしゃいサボくん、楽しみにしてるね』

幸せ溢れる朝のワンシーンが一転、優しい笑みを浮かべていた彼女の表情は曇りに曇り、雨どころか、今にも雷が落ちそうだ。


「あの……家に上がってもよろしいでしょうか、いや全然、ダメならここで寝るんで、」
「どうぞ?連絡も無しにこんな時間まで婚約者を待たせておきながら温かい布団で寝られると思ってるなら今すぐにでも上がって?」
「滅相もありません、ここで十分です」

鞄を置きネクタイをその場で緩めれば、彼女ははぁ、と小さく溜息をつく。冗談に決まってるでしょ、と外したネクタイを手に取りおれに背を向けた。


「言っておくけど、出来立てのごはんはありませんからね。もう冷めちゃったわ」
「……」
「ケーキだって買ったけど、我慢できなくてひとりで食べちゃったんだから。サボくんが遅刻するのが行けないの、怒らないでよ?」

依然こちらを振り向かないまま廊下を歩いていく彼女を背から抱きしめれば、なに、と不満げな言葉が返ってくる。

「機嫌取れるかなあって」
「そういうの言っちゃうからサボくんはダメなの」
「おれダメなの?」
「そ、ダメ」

そんな事を言いながらも少し振り向いたその瞳は確実に熱を持っていて、引き寄せられるように唇が重なる。

「今日はごめんなナナシ、約束破っちまって」

右手で彼女のほおから髪にかけて撫でると、少しくすぐったそうに笑いながらいいの、と告げる穏やかな声。

「さ、ごはん食べて。今日は自信作なの」
「本当か?楽しみだ」
「その後は遅れた分、ちゃんとわたしのご機嫌をとってね」
「はは、任せろ。得意分野だよ」

家の中だと言うのに手を繋ぐという行為は、まるで学生のカップルを想像させた。彼女は無意識なのだろう、おれの指先を掴んだまま、ダイニングへと向かう。


「あっためておくから、お風呂入ってきて。」
「ありがとう。ああ、その前に、」
「?」

一度背を向けた彼女の肩に右手を添わせ、不思議そうに振り向いた瞬間、本日2度目のキスを交わす。

「一応、もう一回しとく」
「………だからそういうのは言わなくていいのよ、ばかね」

照れ隠しの憎まれ口と逸らした目が、今朝の数倍も愛おしく感じ、今すぐにでも自分のものにしたい、そう思った。

「もうすぐおれのになるんだなぁ」
「…サボくんがわたしのになるのよ」

ここまできても一筋縄ではいかない彼女の笑顔に、おれは何度も、恋に落とされる。

End.


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