Short story

□candle
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生まれも育ちも良い何不自由なく暮らしてきた自分とは正反対の彼女。ストリート育ちのおれと違い、汚いものを何一つ見ずにここまできた、綺麗な女の子。

「(が、何でおれの恋人なんかに……)」

数日前、兄弟3人でストバスに行き盛り上がった後、帰りにこの辺りじゃ見かけない彼女に声をかけられた。


『すみません、道をお聞きしたいのですが』


一目惚れだった。この街には似合わない、可憐なワンピースの裾をなびかせ、風に飛ばされないよう帽子を抑える姿。だれが見ても一瞬で、住む世界が違うとわかる彼女におれは、恋愛感情を抱いてしまったのだ。

_____


「エース、おはよう」
「あ、おはよ」
「ぼーっとしてたわ、考え事?」
「いや、……そういえば今日はパーティーなんだろ?いいのか、ここに居て」
「これから戦場に向かう恋人が癒しを求めてるのに追い返すつもり?」

顔を近づけ笑う彼女はキスをご希望の様子で、おれは仕方ないと笑い返し唇を重ねる。

「……戦場、ね」
「ねえ、本当にどうしたの?何かあった?あ、わたしが何かしちゃったなら言って、直すように努力するし、」
「違う、いやごめん、おれが悪いよな。昔から態度に出やすいんだ、ナナシ、おまえに直すとこなんて一つもない……ことはねェけど」
「そうなの!?」
「はは、冗談だよ。ほらもう時間だろ、遅くなるとまた親父さんに怒られるぞ」

表情が曇ったままこちらへと振り向きながら、玄関の扉に手をかける彼女。

「ねえ、エース。パーティーが終わったらここでお家デートよ、忘れないで」
「あぁ、忘れるわけねェ。特上級のスナック盛り合わせとポップコーン、それからおれ特製のワッフルをご用意してお待ちしておりますよお嬢様。」

ふざけて執事の真似事、右手を軽く前に回しお辞儀をすれば彼女の表情は晴れ、約束ね、と告げ玄関から出て行った。





_____


現在、23時25分


パーティーが終わるのは22時だと、彼女は言っていた。時計を時たま見ながらソファに座り持っていたバスケットボールのクッションを頭上へ投げてはキャッチし、投げてはキャッチしの繰り返し。

「……」

スマホを手に取ってみるも連絡は無く、諦め半分で立ち上がり、もう冷めてしまったワッフルの皿を持ってキッチンへ。


「遅くなってごめんなさい!」
「!……来れたのか」
「パパに内緒で家から抜け出してきたの、バレたらきっとカンカンよ」
「そんな無理してまで、」
「無理してでも来るわ、だってねエース、」

彼女はおれから片そうとしていた皿を奪い、ソファに座る。そしてここに座って、というように隣をぽんぽん、と叩きおれをそこに促した。

「パーティーの最中も、ここに走ってくる時も、貴方のことで頭がいっぱいだった。」
「……」
「会いたくて仕方なくて、えっと、…その、」

段々と恥ずかしくなってきたのか、うつむき気味になってきたかと思えばバッと顔をあげて皿をテーブルに置く彼女。

「こ、これ食べましょう!せっかく作ってくれたんだし」

ワッフルへと話題を変えた彼女の名前を呼べば、なあに?と振り向く愛らしい笑顔。

強引ではあったかもしれないが、あまりにも彼女がおれを惹きつけ離さないものだから、簡単にその唇を奪ってしまった。

「……ん、」
「おれも会いたかった。」
「……ほんとに?」
「ほんとだよ。ここにはさ、キャビアもフォアグラも高級ワインもねェし、権力者やら資産家やらも居ねェ。そんな二人きりのパーティーでも、あんな息切らして来てくれたのが嬉しくておれは仕方ない」
「エース…」

リビングの明かりを消し、床のところどころに置いたキャンドルに火をつけていく。まるで二人を囲むようなキャンドルたちに、彼女はウットリと辺りを見渡した。


「……とっても素敵」
「…」
「キャビアとかフォアグラなんかよりも貴方の作ったワッフルがすきよ、わたし」
「……ありがとう」
「こちらこそありがとう」

トン、とおれの肩に寄りかかった彼女はゆっくりと目を閉じる。

「……あの場所は、とっても暗くて寒いの。人もたくさん居て、みんなわたしを褒めてくれるわ。でもね、何だかからっぽ。」

彼女がこうして、自分の悩みを吐くことは初めてだった。いつでも屈託のない笑みで周りを癒し、周りを気にかけている優しい女の子の、見え隠れする弱い部分。

「……わたしを見てない、みんなが見てるのはわたしじゃなくて、財閥の娘。」
「おまえを見てる奴だって居る。してやれる事と言えば世界一美味いワッフルを作ってやることと、こうやって寄り添ってやることだけだけど」
「……」

彼女はおれを見上げ小さく笑う。

「……わたし、貴方に一目惚れだったの。道を聞いたあの時」
「え」
「だからね、貴方も一目惚れだった、って聞いた時、少しくすぐったい気持ちになったわ。」
「……それは、知らなかった」
「でしょうね。……じゃあ、ポートガスくんが作った世界一美味しいワッフルを早速食べましょう!」

彼女の照れ隠しはわかりやすく、手に取ったワッフルを食べて美味しそうに目を細める。

「4番街のワッフルには敵わないわ」
「あそこのワッフルは秘密の隠し味を入れてんだ、そういうのは狡いからライバルとしての条件を満たしてない」
「ちょっと苦しいんじゃない?」
「…おれもそう思う、今のは無しだ」
「ふふ、世界一美味しいかはわからないけど世界で一番すきよ、貴方のワッフル」
「光栄だね。じゃあ映画でもつけて、」
「それもいいわね」
「それも?他になにすん、」

DVDを手から離し、振り向いた矢先に口を塞いできたのは彼女の方。それが合図となり、キャンドルたちを避けて、ソファの前に彼女を押し倒す。

「こういうのも、たまにはアリなんじゃないかなって、思って、だめ?」
「見た目に反してほんとおてんばだよなおまえ………」
「嫌なら、」
「嫌なわけねェだろ」

何度目かの口付けの際、身体を動かせばその風でキャンドルの火がふたつほど消える。残ったオレンジ色が揺れる中、おれたちは互いを確かめ合うように混ざり合う。


それは、冬だというのに、
ひどく暖かい夜だった。


End.


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