Short story

□blind date
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画面越しのやり取りは、気楽だった。自分のこの傷を見せることなく、彼女と話ができたから。自分のこの傷を見せることなく、彼女の事を知れたから。

およそ半数以上、おれとの関わりを少しでも持った人間は会話をする時、目や口ではなく、まず顔の傷へと瞳を向ける。年々慣れてはいっているものの、全く気にしていないといえば、嘘になる。


< Where are you going tomorrow? >
( 明日はどこへ? )

彼女からのメッセージが届き、スマホへ目を移す。直接会う約束をしてしまったことを、少しだけ後悔しつつ、画面に指を滑らせる。

< secret >
( 内緒 )
< It bothers me. >
( 気になるわ )
< I'm sure you'll like it. >
( きっと気に入るよ。 )

正直なところ、傷は見られたくないがこうなってしまっては仕方がない。おれは、極力顔が目立たないあの場所を選んだ。



_____


PM 7:30

無事に落ち合い、彼女を連れてきた場所は閉鎖中の駐車場。

「……駐車場?」
「だった場所。今はこの時間に野外シネマイベントをやってるんだ、ほらあそこに大きなスクリーンがある」
「ほんと!素敵ね、星の下で映画が観られるなんて」
「言ったろ、きっと気に入るって」

少し高めの段差を上り、彼女の手を取る。持ち上げてやるように、同じ位置へと乗せ、誰が用意したかもわからない椅子のようなものに座った。


「……」
「ねえサボ、わたしそっちがいいわ」
「えっ」

傷を気にせずに彼女と話せる、なんて思いながら当たり前のように彼女の左隣に座ったというのに、彼女は不服そうにそう告げた。

「……傷を見られるの、嫌?」
「…そんなこと、」
「貴方が好きよ。サボ」
「なん、だよ急に」
「わたし怒ってるの。あ、映画が始まったわ」
「………」

彼女の言っていることを一つも理解できないまま、おれは映し出されたスクリーンに目をやる。彼女も同じく、一点を見つめていた。

好きってなんだ?おれのことを?
怒ってる?だれに?何に対して?
考えることが多過ぎて、その時間は映画に集中などできなかった。時折、ちらりと彼女の横顔を伺ってはみたものの、真意はわからず。







映画が終わり、ちらほらと居た数人のカップルたちが立ち去っていく。そんな中、彼女は少しも動こうとせず、ただただ、エンドロールを眺めていた。


「………なあナナシ、怒らせたなら、ごめん。デートとかあんまり、得意じゃないんだ」
「最高のデートだったわ、映画も好きなものだったし貴方も優しいし。」
「じゃあ何がお気に召さなかったんだ?」
「貴方が、わたしに隠し事をしたから」

ただのワガママね、と彼女は小さく笑った。

「隠し事?」
「……傷、痛む?」

不意に彼女が自身の指先で傷にかかった前髪を避ける。そこから自然と傷に触れ、まるでほおを撫でるように右手を滑らせた。

「……痛くないよ、だいぶ古い傷なんだ」
「そう。よかった」
「あまり見ていて気持ちのいいものじゃないだろう。ほら、帰ろう」

遅くなる、なんて誤魔化すように笑えば彼女は少し悲しげな顔をする。

「ねえ、隠そうとしないで。全部分かち合えるなんて思ってないし、支え切ることができるとも思ってない。でも、今ここにこうして、貴方の隣に居るのはわたしの意思よ。こうして、傷に触れてるのはわたしがそうしたいと思ったから」
「………」
「…ごめんなさい、貴方の気持ちも考えないで、帰りましょう。夜はやっぱり冷える、」

自分でも、頭の整理が追いつかなかった。何故か、彼女の体を強く強く抱きしめていたのだ。

「……サボ…?」
「おれも好きだよ。さっきの返事だ」
「……随分な時差ね」

力を緩めた瞬間、彼女の両手が両肩に乗る。映し出されたENDの文字と共に唇は重なり、誰もいないシネマ会場のスクリーンにふたりのシルエットが浮かび上がる。


End.


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