Short story

□Fairytales
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7歳の頃、おとぎ話に出てくるお姫様に憧れて父に買ってもらったカーテン付きのベッド。眠る前はシンデレラの絵本を読んでもらっていた。父はまるでわたしを、本当のプリンセスのように扱い、電気を消す前は必ず「おやすみ、プリンセス」とおでこにキスをしてくれた。


18歳の頃、優しかった父を病で亡くし、二人で住んでいた屋敷にわたしはひとりで住むことになった。残されたのは莫大な財産と、血の繋がらない使用人達だけ。


その時初めて、プリンセスが出てくる物語はハッピーエンドがすべてじゃないということを知った。





______


「フィアンセ?」
「ナナシお嬢様も22歳を迎えます。そろそろお考えになった方がよろしいのではと」
「……ひとりで十分よ、わたしは。」

父が他界してから、求婚の数が増えた。財産がすべてわたしの手に渡ったと聞き、いてもたっても居られなくなった資産家やセレブたちが目の色を変えてわたしに視線を向けているのだ。

「ばかばかしい」
「…今夜のパーティには?」
「叔母さまにご挨拶しないといけないもの、気が進まないけれど出るわ」

はぁ、とため息をつき、わたしはコトン、とテーブルにマグカップを置いた。

















数時間が経ち、ドレス姿で会場へと向かう。車のドアが開き、会場の前に降りると大量のフラッシュがわたしを襲った。大きなパーティに姿を現すのは久しぶりだからだろう、周りにはマスコミが集っていた。

「ご結婚のご予定は!?」
「財産の総額を!」
「先日のゴシップは本当のことですか!?」
「こちらで一枚お願いします!」

わたしは一瞥もせずに歩き出し、会場の中へと入って行く。


「マスコミを全員追い払って頂戴、目障りよ」
「承知致しました。」

SPにそう告げてから、シャンパンを片手に会場内を回る。誰も彼もがわたしに視線を向け、口を開けば食事の誘い、わたしの向こう側に膨大な財産を見ていることなど聞かなくてもわかった。

腹が立つ、落ち着かない、逃げ出したい、そんな気持ちが交差して、とても居心地のいい気分ではなく。


「失礼。お嬢様にお話が」
「?貴方だれ、」
「どうやら表でお嬢様を捜している方がいるそうで、ご親族の方ではないかと。さあ行きましょう」

まるで本当のわたしの使用人かのように、わたしの背へと右手を添わせて会場の扉を開き出て行く。扉を閉め、だれも居ない廊下でわたしは感情のまま尋ねた。

「貴方だれ?目的はなんなの?」
「あそこに居たくなさそうだったからさ。見かねてつい、ってやつだよ」
「……」
「それよりこっちに来ないか?さっきいいもん見つけたんだ、独り占めするには勿体無いくらいの」

何故だか彼の手は拒めなかった。名前も知らない彼に、まって、と自分からついていき、到着した先は広めの一室。

「よくみてて」
「?」

真っ暗な部屋に、光が灯る。ところどころに置かれた多くのキャンドルが一斉についたのだ。


「すごい、とってもきれい」
「だろ?多分ここは入っちゃいけないところだけど、バレなきゃ大丈夫」
「ふふ、貴方見た目に反して結構やんちゃなのね」
「ついてきたアンタも中々のおてんば娘だと思うが?」

わたしはキャンドルを見渡しながら、床へと座る。彼は汚れるぞ、と言いながら、わたしを見下ろした。

「おてんば娘だから気にしないの、わたしは」
「はは、そうか」
「……どうしてわかったの?」
「ん?」
「わたしが居心地が悪いって思ってたこと」

膝を抱え、そう呟くと、彼は同じくわたしのとなりに座ってこう告げる。

「何となく、泣きそうに見えた」
「え?」

父が亡くなってから、わたしは涙を流したことが一度もなかった。弱くなりたくなかった、強くありたかった。どれだけ孤独を感じていようが、傷つけられようが、涙だけは流さなかった。

「ここに連れてくれば、幾らか笑ってくれるんじゃないかと、って、わ、ごめんおれ、何か気にさわる事言ったか…!?」
ツー、とほおに一筋、あついものが流れる。父が亡くなってから、こうして人の心からの優しさに触れたのは、初めてだった。

「……貴方って、ほんとに変な人」

でもありがとう、そう言って彼へと微笑みかける。彼はわたしの涙をぬぐい、よく言われるよ、と笑った。



_____



それから数ヶ月が経つ。
彼と出会い、すべてが変わった。父の死を経て壊れかけていた心は確実に治っていく。

「ねえサボ聞いて」
「うん」
「わたし貴方がすきよ、大好き」
「何だよ急に。わかりきったことを」

同じベッドの中、女であるわたしが嫉妬するほど綺麗な顔で笑う彼。その顔についた傷さえ美しく、わたしをいつでも魅了する。

「すきっていって。愛してるって」
「……すきだよナナシ、愛してる。」

ずっとだ、そう言って彼は昨夜のようにわたしの唇を奪い、その身体でわたしを覆う。

「…と、今はここまで。今日は父さんたちが来るんだ、言ったろ?おまえを紹介する」
「そうだった。残念だけれど、お父様たちとの会食もとっても楽しみだから続きは今夜にしましょう」

彼のほおにキスを落とし、わたしは下着のまま布団を出る。落ちていた洋服を手に取り着替えていると、彼がまるで手伝うようにわたしのブラウスのボタンを止めていく。

「……じゃあまたあとでね、サボ」
「ああ、また」

彼の部屋から出て、自分の屋敷へと戻り会食用のドレスを選ぶ。婚約の報告を、と彼が設けてくれたご両親との会食の場。緊張する気持ちも多少あるが、それよりも彼がご家族に会わせてくれることが嬉しかった。

「(……本気で考えてくれてるのね、わたしのこと)」








その晩、彼と、彼のご両親との会食が開かれた。

「噂に違わぬ美しさだな、息子には勿体ないくらいだ」
「ほんと。ドレスもとてもよく似合っているわ」

彼のご両親はどちらも、優しい人たちだった。会食中、何かあればわたしを褒め、どこか、機嫌を取られているようにも感じた。

「あの、ごめんなさいわたし、ちょっとお手洗いに」

不信感を振り払おうと、一旦落ち着くために席を立った。向かった女子トイレで鏡に向き合い、彼は大丈夫、あの人たちとは違う、とあのパーティに居た財産目当ての男たちを思い浮かべた。

しばらくして、トイレから出ると壁の向こうで放たれた一言に足を止める。


「それにしてもよくやったな、サボ」
「…何が?」
「あの大財閥の娘と婚約まで結ぶとは。父さんは誇らしいぞ!これで莫大な財産がウチに入る」
「?!待ってくれ父さ、」
「流石わたしたちの息子。あの子はすっかり、貴方の虜なのね。ヘマはしないでよ?」



「(莫大な、財産…?ヘマって…?)」

悪い予感は、昔からよく当たる方だった。
わたしは震えた体を無理やり押さえつけながら、席へと戻る。


「申し訳ありません、せっかくお誘い頂いたのに、ちょっと、体調がよくないみたいで」
「あら大変、大丈夫なの?」
「ええ、ですが、今日はお暇させて頂きます」

失礼します、そう言って彼の目を一度も見ずにレストランからタクシー乗り場へと向かう。

彼がわたしの名前を呼び走ってきたのはその数秒後。振り返らないわたしの腕を掴み、真剣な瞳でこちらを見つめている。

「ナナシ!どうしたんだよ一体…!」
「貴方も同じね、他の人たちと。結局財産目当て」
「!父さん達が言ってたこと聞いてたのか!?」
「怒ってないわべつに、そうだとは、思ってたから。だって、そうじゃないとあんなにわたしに優しくしたりしない」

泣きたくもないのに声は潤む一方で、怒りたくもないのにわたしの瞳は彼を睨むばかりだった。

「さよならサボ」

彼の話は何も聞かずに一方的に別れを告げて、わたしはタクシーに乗り込む。

怖かった。今までの関係がすべて偽りのものだった、と口に出されることが、堪らなく怖かったのだ。











_____



「おやすみなさいませ、ナナシお嬢様」
「……」

メイドは心配そうにわたしを見つめてから、ゆっくりと扉を閉めた。ベッドに体を投げるように寝転がり、止まらない涙を流し続ける。




『すきっていって。愛してるって』
『……すきだよナナシ、愛してる。』


交わした愛情が、胸の奥の奥でまだ生きていると思う度、苦しくなる。何故、彼に恋などしてしまったのだろう。何故、あの日わたしを会場から連れ出したのが彼だったのだろう。そんな後悔が頭を巡る。




コンコン

ノック音が聞こえたのは、そんな思考を経た数分後だった。使用人かとも思ったが、わたしが眠っている時に用事があるなどありえない。


それではあの扉の向こうにいるのは?


「今日、ナナシお嬢様を泣かせてしまった者です。返事は要らないので、お話を聞いて頂いてもいいでしょうか」

それは、あの日のように使用人のふりをして言葉を紡ぐ彼だった。

「……入って」
「……」

彼は扉を開けると、音を立てないように閉め、背の方で何かを持ちながらわたしの元へ歩み寄る。

「言ったはずよ。さよならって」
「おれは言ってない」
「貴方はわたしを愛してない」
「愛してる。心から」

差し出されたのは、ピンクの花束だった。一度だけ彼に話した、わたしの理想の王子様の話がある。


『白馬に乗って、ピンク色の花束を持って会いにきてくれるの』
『白馬?今の時代にか?』
『わたしのためならそれくらいしてくれなきゃ』
『ワガママなお姫様だなあ随分』


「外に止まってるのは白馬じゃなくて白い車だし、花束も今の時間じゃこのサイズしか用意できなかったけど、ピンク色だ。」
「……サボ、」
「…全部捨てたって構わない、なあ、一緒に逃げよう」

こつん、とおでこが重なり、伝った涙が彼のほおに触れる。



「おまえがほしい」
「…あなたを頂戴」

唇は重なり、ピンクの花束はベッドの隅へと軽く放られる。

おとぎ話にはあまり相応しくないお姫様と王子様ではあるけれど、終わらせたくない物語が確かにそこにあって。


「……全部あげるよ」
「ん、わたしも」

どんなエンドを迎えようと、わたしと共にいることを選んでくれた貴方と、この先もずっと、ずっと。


End.


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