Long story

□【2】
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幼い頃についた呼び名は神童、インテリガール、知性の天使。10歳の時にはアッパーウエストサイドの最難関である高校受験に合格。持て余しすぎたこの才能をどうするかと考えた挙句、16歳の頃、学校を辞め博士号をとり政府公認のバイオ研究所に身を移す。

母と父は、病弱な姉にかかりきりでわたしにはあまり関心がなかった。幼かったわたしは褒められるためだけにひたすら勉強をした。生まれ持った才能と、育んできた知識をいつか、両親に認めてもらおうと、そう思っていたのだ。


『ママ、パパ見て、今度の研究が評価されれば莫大なお金が貰えるの、わたし頑張ったのよ、ねえ』
『静かになさい、ミアが寝てるでしょう。』
『……おまえのその才能は目に余る、ナマエ。何かを滅ぼしたいとそう願えば、その力で本当にどうとでもできてしまう。

バイオ研究なんて携わるべきじゃない、本物の兵器になってしまうぞ』


両親の風当たりは、良い方ではなかった。不治の病を持った姉に一度だけ目をやり、わたしは思ってしまったのだ。

何の才能も持たずこれから死に向かうというのに、両親に心から愛されているミアを、羨ましい、と。




わたしの中には”知識”しかなかった。



________



「………」

昔の夢を見るなんて、と乱れた前髪を後ろに流して昨夜身体を交えた若い外交官を見下ろす。

「起きて、寝坊助さん。また奥さんに怒られるわよ」
「……昨日の君があまりにも欲情的だったから、離れがたいよ」
「ありがと」

短くお礼を言ってそのキスを受け入れれば、ネクタイを締め、じゃあ、とホテルの部屋を後にする名前も覚えていない彼。


prrr prrrr prrrrrr


「もしもし、外交官様がホテルを出たわ、盗聴器はつけてある、ええ、大丈夫よ。じゃあまたかける、次の仕事だから」

わたしは服を着て、紅を引き直し、本日本命、彼との約束場所であるスティール通りの14番地へと向かった。


「(確かそこは空き家だったはずだけど。この数日間でどこまで仕上げられるのかしら、ニューゲートファミリーは)」

つい上がってしまった口角を下げ、雨の中傘を差し、ポートガスの待つその邸宅へとヒールの音を鳴らす。












コンコン

「おう、よかった。場所はわかったみたいだな」
「方向感覚は良い方なの、マップさえあればすぐに来れるわ、お招きありがとう」
「あがって」

彼は顔で軽くわたしにあがるよう合図を出し、わたしが入ったことを確認すると玄関を閉める。ここからどう出るか、とわたしは鞄の中に入れておいた銃に目をやりつつ、家の中を見回した。


「何か気になる?それとも落ち着かない?」
「…ふふ、どっちも。男の人の部屋に入るの初めてで」
「パーティーで初めて会った男とセックスするような女の台詞とは思えねえな、ほら」

渡されたカクテルを受け取りながら楽しげに笑えば、一口そのアルコールを口に含む彼。同じく口に含むと、今まで飲んだことのないくらい、味が好みで悔しいけれど心から驚いてしまった。

「これ、あなたが?」
「オリジナルのカクテルだよ、口に合ったか?」
「とっても美味しい、見た目も可愛いし、才能あるわねディック」

カウンターテーブルの前に置かれた椅子に腰掛けカクテルを楽しんでいると、彼はそうだ、と話を切り出す。

「ナマエの親父さんって、」
「ああ、あの人とは2年くらい口を聞いてないわ、喧嘩ってほどじゃないけど昔から、色々と合わなくて」
「……そうなのか、てっきり溺愛されてんだと」
「それに関しては、わたしが悪いの、わたしがきっとパパが好まない能力を、持っちゃったから。溺愛されてたのは姉の方」
「…されてた?」
「5年前に死んだ」

カクテルをテーブルに置き、少しの溜息の後、笑顔を見せれば、彼は眉を寄せわたしの傷を痛むような顔をする。

「……不治の病だったの、何をしても治らないってお医者様は言ってた」


『ナマエはすごいわ!』


「……治せなかったの、わたしにも」


『自慢の妹よ』




断片的に蘇ってくる、姉の笑顔と声。どうしてこんな時に、と頭からその映像を消し去り、わたしは椅子から立ち上がる。




「ごめんなさい、こんな話。えっと、お手洗いはどこに?」
「いいよ、気にすんな。トイレは奥行って左だ」
「…」

にこ、と笑い小さく頷くと同時に彼に背を向ければ思い返したようにわたしの名前を呼ぶ彼。

「ナマエ、おまえは悪くないよ、何も」
「……」
「あー、カクテル美味かったみたいでよかった、それだけ」
「……ありがとう」

演じるのは得意な方だった。心を隠しターゲットに近づいて後ろから刺す、わたしがしていたのはそういった仕事だ。何故だろう、こんなにも、胸が熱くなるのは。





______




「ああ、ああ、わかってるよ、今日中に済ませる。」

廊下から彼の電話に聞き耳を立てる、案の定話している相手はファミリーの同僚だろう。

「……でも、ナマエを殺さないっつー保証がほしい」
「!?」


わたしはニューゲートファミリーの内情を調べ、幹部格であるポートガス・D・エースの殺害を目論んでここまで事を運んできた。レッドファミリーに父を狙わせ、彼をわたしに接触させるよう裏で誘導したのだ。それが、上の命令だった。



「怒るなよマルコ、ベックマンに伝えてくれ、この責任はおれがとる。父親をゆすって反応がなけりゃ、そのまま開放させる」
「ほんとに甘いわね、ポートガス」
「!」

彼は危険だと思った。彼は、わたしを変えてしまう。今まで知識しかなかったわたしを、確実にこの先、変えてしまう気がした。

それが、なによりも怖かった。


「本当はもう一回くらい貴方と寝たかったけど、早めに片付けておくことにしたわ」
「……ナマエ、おまえ、」
「お仕事の時間よ」

椅子に置いてあった鞄から銃を取り出し、彼に向ける。その瞬間、彼もカウンターテーブルの裏にかかっていた銃を取りわたしに向けた。


「……なんだ、意外と冷静ね。」
「元々、これが本職だ」
「あら、わたしといっしょ」

引き金に指をかけ、彼の胸を一直線に狙う。

「おまえナニモンだ?その銃はどこから、」
「お喋りしてる場合じゃないんじゃないの、エース。ああでも、これだけは教えてあげる、パパをゆすったところであの人は眉ひとつ動かさない。それどころかもしかしたら懇願するかもね、娘を殺してくれって」
「………」

彼は、銃を下ろしてテーブルに置く。ゆっくりとわたしに近づいてきたかと思えば、銃口を恐れもせずに手で塞いだ。


「こんな事を言ったら軽率かもしれないでも、命を望まれない気持ちは、おれにもわかる。」
「……」
「ナマエ、おまえは弱い」
「?わたしは、貴方になんか負けない」
「そういう意味じゃねえ、おまえは、そんなもん持って全部全部奪えるほど、強くないだろ」

いつの間にか、わたしは彼の腕の中に居た。何故こうなったのだろう、右手に持っていたはずのわたしの銃が自然と彼の左手に。


「……任務は失敗だと、そう報告しよう、おれも、おまえも」


反論するにはあまりにも、彼の匂いや鼓動が落ち着いてしまった。わたしは脱力し、椅子へと自らの場所を移した。


「………ねえ、報告はしないで。貴方の任務は成功よ、わたしを連れて行けばいい、抵抗もしないわ」
「?でもそれじゃあ、」
「これは貸しよ、どこかで返してもらう。」
「………」
「って言ってもさっき言ったことはほんと、パパはわたしひとりじゃ動かない。」
「それは、後で考える、とりあえず、」

彼の左手がわたしの右手に緩く絡む。見つめ合ったのが合図、引かれた手に招かれるようにふたりの足は寝室へと進む。


「いいの?先に報告した方が、」
「明日の朝一でも問題ない、おれは今こうしたいんだ」
「……勝手な人」

先日の偽りのキスよりもはるかに濃厚で互いに溺れたようなキス。舌を絡ませながらベッドへと沈み、わたしと彼は、楽しく遊ぶように身体を交える。

わたしと彼は最早、敵勢力だというのに、今以上の感情を持ってしまえばわたしは、彼から離れられなくなってしまう気がした。


「(………2回目が、最後のセックスなんて)」


隣で眠る彼に寄り添い、その夜限りの恋人ごっこに、わたしは自嘲気味な笑顔を浮かべた。





______



翌日、ニューゲートファミリーの幹部達の元へと連れてかれ、計画通りわたしに銃を向けた映像を父へ送信した彼ら。案の定、10分後の返事には【好きにしろ】と、それだけ。

わたしはやっぱりね、と苦笑し鞄を肩にかける。帰るわ、と足早に屋敷から出ようとすれば、彼はわたしの名前を呼びながら駆けてきた。


「ナマエ、ナマエ!」
「なあに、エース」
「今夜空いてないかな、メシでもと思って」
「………ね、わたしたちこれから多分、会わない方がいいと思う。」
「?なんで」
「……今回はたまたま、上からの許可がおりたから貴方は無事だけど、次、命令を受けたら多分わたしは、」
「…おれを殺す?」

コクン、と頷けば、彼はふは、と笑い出した。

「そりゃあいい、その命令が出んの楽しみにしてるよ」
「はあ?どうしてよ」
「おまえからおれに会いにきてくれるってことだろハニー」
「な、ふ、ふざけないで!」
「今夜は諦める、じゃあまたな」
「もう来ないったら!地獄に落ちてダーリン!」

わざとらしく笑い、そう告げてニューゲートファミリーの屋敷を後にする。彼と出会ってから、勝手に口角が上がる瞬間がよく増えた。知識以外のもので、身体や心が満たされている今の状況の居心地は悪くなく。



「……」
「随分、エースを翻弄してくれたな〜」
「!」
「サボ知り合いか〜?おれ知らねえ!」

屋敷を出てすぐにわたしの目の前に立ち塞がったのは、彼の兄弟であるサボとモンキー・D・ルフィ。

「サボとルフィね」
「ファミリーの顔も名前もインプット済みか、流石は知性の天使。ウチに欲しいくらいだな」
「光栄だわ、でも生憎それは無理。マフィアって嫌いなの」

馬鹿だから、と笑みをこぼせば、同じく笑顔を崩さないままサボは酷い言いようだ、と帽子を直す。

「おい!コイツなんかおれたちのこと馬鹿にしてるぞ!!」
「やめろルフィ、もう行くぞ、お姫様が帰れなくて困ってるだろ?」
「!」

直感で感じた、この男はわたしと同じタイプの人間だと。確実に威嚇する相手を、下に見ている。

「道を開けてくれてありがとう、王子様方」
「いいえ、お気をつけて」
「ああやっぱり王子様はいいすぎね、いいところお付きの人かしら。元ネズミの」

最後に嫌味を述べて、わたしは迎えの車へと乗り込んだ。




「……面白い子を連れてきたなあ、エースの奴」
「げえ、おれアイツきらいだ!」
「いや、多分おまえとは気が合う方だと思うぞルフィ、また会えるといいな」
「そんなわけないね、おれはあんなに意地悪じゃない!」
「はは、そういう事じゃないよ」




End.



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