短い夢A

□大事な女
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何とか食事を流し込み、一息ついたところで

「名無しさん。」
と声をかけられ、顔を上げると、そこにカナが立っていた。

「どう見てもむくれてるでしょ。もしかして、また?」
そう言いながら、自分の前に座ったカナに、名無しさんは苦笑いを返した。

「当たり。」

「モテる男が彼氏だと大変ね。」

「ってことは、おまえもオレの知らねぇところで大変なの?」
トレイにコーヒーを3つ乗せたサッチがカナの横に座りながらそう言うと、カナは

「全然。」
と言ってニヤッと笑った。

「おい。」
不満そうに口をへの字に曲げるサッチに、名無しさんが笑顔を見せる。

「相変わらず、仲のいいこと。」

「他の女に取られる心配がないからね。」

「あぁ?それはオレが信頼できる誠実な男だからだろ?」
名無しさんは二人のやり取りをクスクスと笑いながら眺める。そんな名無しさんをチラリと見ると、サッチは

「別にマルコが誠実じゃねぇとは言ってねぇからな。」
と付け足した。その言葉に名無しさんが苦笑いすると、

「疑うとかそういうもんじゃないんだよね。嫌なものは嫌なのよ。」
とカナが名無しさんの気持ちを代弁する。

「まぁ、な。逆の立場だったらオレもすっげー嫌だしな。」
そう言ったサッチがカナを見て苦笑いをする。

(逆の立場…。)
その言葉がひっかかった名無しさんが口を開こうとしたところで、

「サッチさん!すいません!ちょっと味見てもらってもいいっすか?」
と厨房からサッチを呼ぶ声が響いた。

「おぅ!今行く!」
そう厨房に返事をすると、サッチは自分のマグカップのコーヒーを飲み干してから

「じゃ、また後でな。」
とカナの肩にポンと手を置いて、空のマグを片手に厨房に消えて行った。その背中を見送ったカナは、

「あんなこと言ったけどさ、やっぱり性根の腐った女にからまれたこともあったのよ、あのサッチでも。」
と言って苦笑いをした。

「まぁ、サッチ狙いっていうよりも、私への当てつけが目的だったのかもしれないけど。私の目の前でわざとサッチにしなだれかかったりさ。最初の頃こそサッチも適当にあしらってたんだけど、私が嫌な思いをしているのを察して、はっきり『オレにはカナがいるから、そういうことは迷惑だ』ってみんなの前で言い切ってくれたの。それ以降も『触んじゃねぇ』ってきっぱり追い払ってくれて。」

「…やだ。サッチ隊長、かっこいい。」
思わずそう口に出した名無しさんに、カナは

「でしょ?絶対本人の前では言わないけど、惚れ直しちゃった。」」
と言って微笑んだ。

「ただ、マルコ隊長とナースたちの関係は、サッチのとは違うから、マルコ隊長も難しい立場なのかもしれないしね。あのサッチが珍しくマジギレしてそういうこと言うから効果があったのかもしれないし。いろんな人に頼られてるマルコ隊長が、例え彼女の為とは言え、特定の誰かに肩入れするっていうのも想像できないと言えば想像できないし。」
そうフォローしたカナに名無しさんは寂しそうに微笑むと、

「そうだよね…。」
と言いながら、コーヒーに口をつけた。



「逆の立場…か。」
名無しさんはふと、以前、酒の席で7だか8番隊だかの男がしつこくカナを口説いてきた時のことを思い出した。もちろん、すでにサッチとつきあっていたカナはあからさまに嫌そうな顔をしていた。それでも止まらないセクハラ行為に、少し離れた所で飲んでいたサッチが激怒りしたのだ。戦闘でもめったに出さないような覇気を感じたかと思うと、顎に入れた一発でそのうざい男をぶっ飛ばし、『オレの女に手ぇ出すんじゃねぇ』と聞いたこともないような低い声で周りを牽制したのだ。その場に居合わせた名無しさんも、久々に見たサッチの本気に息を飲んだ記憶があった。この話は一気に船内に広がり、それ以降、カナには冗談でも言い寄る男はいなくなったのだ。

(…愛されてるよな、カナ。)
素直に羨ましいと思った。カナのために、きっぱりと他の女を追い払ったことも、カナをオレの女だと宣言して他の男を牽制したことも。普段からも、二人は仲がいい。一見カナが完全に尻に敷いているように見えるが、それはあくまでサッチのキャラのせいであって、実はカナもサッチを認めているし、何かあった時には本当に信頼して頼っているということを名無しさんは知っていた。名無しさんはカナとつきあうまでサッチはもっと軽い男だと思っていた。事実、ナース達に囲まれてデレデレしていたし、上陸しては仲間と派手なおねぇちゃんをはべらせていたこともあった。だが、カナとつきあうようになってから、サッチのノリは相変わらず軽いものの、カナ以外の女に対して一線を引いたのは誰が見ても明らかだった。カナ自身も「惚れ直した」と言っていたが、名無しさんも、実は誠実で一本筋の通ったサッチを改めて見直したのだった。

(それだけカナの事が好きだってことだよね。)
女部屋の自分のベッドの中で名無しさんは、毛布を頭の上までかぶって丸くなった。実は、今までマルコに不満をぶつけるたびに、『じゃぁ、マルコは私が同じように他の男にベタベタ触られたり、言い寄られたりしても嫌じゃないの?』と言いそうになったことが何度もあった。でも、それが実際に口から出ることはなかった。『別にオレはなんとも思わねぇよい』と言われてしまうかもしれないという不安があったのだ。もし、カナと同じように他の男にからまれたとしても、マルコがサッチのような行動をとるイメージが全くわかなかった。もちろん、マルコとサッチの性格の違いはあるが、それだけではないような気がしていた。

(…私はマルコにとってそれだけの存在ってことなのかな…。)
ぐっと奥歯を食いしばると、名無しさんは毛布の下でさらに小さくなった。


(あんまり眠れなかったな…。)
ぼーっとした頭で食堂に向かう。前日のカナ達との会話のせいもあって、名無しさんはマルコの顔を見たくないというのが正直なところだった。会ったらいろいろと嫌味を言ってしまいそうだし、言わないように我慢しても、きっと機嫌が悪いのは隠せないだろう。そんな自分を見たマルコが不機嫌になるのも目に見えていた。適当に果物だけを食べてさっさと食堂を後にすると、女部屋に引っ込む。ベッドに寝っ転がって天井を仰ぐと、もうため息しか出なかった。

「疲れたな…。」
そう呟いてから、まだ朝食を食べただけなのに、と名無しさんは自嘲した。

(でも、明後日には上陸だよね。そしたらまた、マルコと一緒に街を歩けるかな…。)
ちょうど前の島で、次の島はリゾートっぽい場所もあるとマルコが言っていた。

『最近はボロ宿ばっかりだったし、ちょっと奮発していいところに泊まるのも悪くねぇな』
とマルコが笑顔で言っていたことを思い出した名無しさんは、

「よしっ!誰か捕まえて稽古でもしよっ!」
と少し軽くなった気分でベッドから飛び降りた。
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