短い夢A

□そういやぁ、女だった
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(痛い…。)
名無しさんは自室のベッドの上で毛布にくるまっていた。時々襲ってくる、子宮を締め付けられるような痛みに、脂汗が出る。

(こんなに痛いこと今までなかったのに…。やっぱり昨日お腹を冷やしちゃったのかな…。)
そう思ったところで、ドアをノックする音。誰だよ、ふざけんなと心の中で悪態をついたところで、

「入るよい。」
という声がして、ゆっくりとドアが開いた。

(マルコ…?)
痛みに耐えてぎゅっとつぶっていた目をゆっくり開けてドアの方を見ると、マルコがベッドに向かって歩いてきた。

「ほら。ちょっとは楽になるんじゃねぇか?」
そう言って、マルコはタオルにくるまれた物体を名無しさんの目の前に差し出した。名無しさんの困惑が伝わったのか、マルコは

「湯たんぽだよい。」
と言うと、毛布の端を少しめくって、その物体を毛布の下に押し込んだ。名無しさんは無言のままその湯たんぽを受け入れると、毛布の下でお腹のあたりに押し当てる。

(あったかい…。)
緩んだ名無しさんの表情にマルコは満足そうに微笑むと、名無しさんのベッドの端に腰かけた。

「…ありがとう。」
目だけで見上げてそう言った名無しさんに、ニヤッと笑顔を返してから、

「毎回こんなに重かったか?」
とマルコが聞いた。名無しさんは首を小さく横に振ると、

「ううん。」
と答えた。

「基本的には軽いんだけど、きっと昨日の夜お腹を冷やしちゃったんだと思うの。」
名無しさんのセリフに

(…このくそ寒い中で腹出して寝てたのか?)
とマルコは思ったが、口には出さなかった。ここ数日は冬島の海域を航海していたのだ。

「昨日不寝番だったんだよね。寒かったけど、毛布取りに行くのとか面倒だったから無理して我慢してたら、そのつけが今日来たみたい。」

(ああ、そうだったな。…なるほど。さすがに腹出して寝ねぇか。)
そう思いながら、

「痛み止めは飲んだのか?」
とマルコが聞くと、名無しさんは首を横に振った。

「なんでだよい。ナースに言えばすぐにくれんだろい?」

「だって、痛み止め、飲み過ぎると効きにくくなるって言うじゃん。ケガした時に効かないと嫌だから…。」

「アホ。いつもそんなにつらくねぇなら今回だけだろ?1回飲んだくらいで影響出ねぇよい。ったく…。」
呆れたようにそう言うと、マルコは立ち上がった。

「薬と水、持ってきてやるから待ってろよい。」

「…ごめん。ありがとう。」
弱々しく返事をした名無しさんを置いて、マルコは一旦部屋を出ると、足早に医務室に向かった。痛み止めの錠剤の入った小瓶を手にすると、今度は厨房によって水の入ったグラスをもらう。そのまま名無しさんの部屋に戻ると、ノックもせずにドアを開けた。

「ほら。飲めるか?」
瓶から錠剤を手に出すと、体を起こした名無しさんに手渡す。口に錠剤を入れたのを確認して、今度は水の入ったグラスを差し出すと、名無しさんはゆっくりと水を飲んだ。

「ふぅ。」
と息をついたのも束の間、名無しさんは顔を歪めると、手にしたグラスを半ばマルコに押し付けるようにして体を丸めてベッドの上で丸くなってしまった。

「大丈夫か?」
苦痛に顔を歪める名無しさんを心配そうに見下ろすと、マルコは毛布を名無しさんに掛けなおす。少し痛みが和らいだのか、名無しさんが湯たんぽを抱えなおして体制を整えると、マルコは手に青い炎を灯した。名無しさんは何が起きたのかとうっすらと目を開けると、マルコの青い炎が毛布ごと自分の体を覆っていた。

「ちょっとはマシになるか?エースの火よりは使えるだろい?」
マルコがそう言って笑うと、名無しさんも弱々しく微笑んだ。

「まぁ…。おまえが言うとおり、昨日冷えたのが原因ってだけならいいんだが…。今までこんなに痛くなかったのに突然ってのが気になるよい。」
名無しさんは無言のまま、目だけでマルコをちらっと見る。

「生理じゃねぇときに不正出血があったり、腹が痛くなったりしたことはねぇか?」
そう聞かれて、名無しさんは首を左右に振る。

「出血量が急に増えたとか減ったとかもねぇか?」
再び名無しさんは首を振る。

「男とやった後に出血したり、痛みがあったりは?」
もう一度首を振ると、

「でも、最近ご無沙汰だからよくわかんな…」
と言ったところで、また痛みが襲ってきたのか、名無しさんが顔をしかめると、マルコは手に青い炎を灯したまま、

「大丈夫か?」
と言いながら、毛布の上から名無しさんの腰のあたりをさすった。

「うぅぅ…。」
眉間に皺を寄せて痛みに耐える名無しさんを見ながら、

(…こんなに弱ってる名無しさんを見るのは初めてかもしれねぇなぁ…。)
なんてことをマルコは考えていた。名無しさんは戦闘でケガをしても、ここまで痛がることはない。何かヘマをして落ち込んでも一時的なものだし、あまり人前でそういう姿を見せることもない。いや、むしろ、人前では絶対に弱っているところを見せない。どうしても隠し切れないほどつらそうな時も、辺りに誰もいないことを確認してからこっそり声をかけて、やっと「痛い」と認めるほどだった。

「はぁ…。ありがとう。」
少し痛みが和らいだのか、弱弱しい笑顔でそう告げた名無しさんにマルコの胸がざわつく。

「ただの生理痛ならいいんだけどよい。子宮筋腫とか内膜症みてぇな病気だったら厄介だ。」
そう言いながら、マルコは手に灯していた炎を消すと、名無しさんの頭に手を置いた。ゆっくりと撫でると、名無しさんは気持ちよさそうに目を閉じる。

(猫みてぇだよい。)
大人しく頭を撫でられる名無しさんをじっと見つめながら、

「しばらくは自分の体調を気にしとけよい。痛みとか出血とかな。必要ならナースに診てもらうか、上陸したときに専門家に診てもらった方がいい。さすがにオレもそっち系の病気は詳しくねぇからよい。」
名無しさんは目をつぶったまま、素直に頷く。

「晩飯はどうする?起こしに来た方がいいか?」
そう聞かれた名無しさんは目を閉じたまま首を横に振った。

「わかったよい。」
マルコがそう返事をすると、

「ありがと。」
と小さな声が聞こえた。マルコはふっと微笑むと、しばらく大きな手で名無しさんの頭を撫で続けた。

(…寝たか?)
痛み止めも効いてきたのだろう。しばらくして、名無しさんは穏やかな顔で寝息を立てだした。

(不寝番で寝てねぇのもあるかもしれねぇな。)
マルコは最後に数回、名無しさんの様子を確かめるように頭を撫でると、毛布がちゃんと体にかかっているか確認してからゆっくりと立ち上がった。
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