長い夢「何度でも恋に落ちる」

□海楼石
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何とかマルコの脇に腕を回して、抱きかかえるように足のつく場所まで泳いできた名無しさんは、今度は仰向けにしたマルコの背中から両脇に自分の両腕を差し込むと、後ろ向きに陸に向かってマルコを引きずった。

「はぁっ、はぁっ!ゲホッ、ゴホッ!」
思わず咳き込んだ名無しさんは、しりもちをついてべちゃりと砂浜に座り込んでしまったが、何とかマルコの頭を砂にたたきつけずに砂に降ろすと、ギリギリ足が海水に浸からないとこまで来ていた。

(こんなずぶ濡れじゃ、ダメだ。)
波が来ても届かないところまで何とかもう一度マルコを引きずって移動させると、名無しさんは着ていたシャツを脱いだ。ブラジャーだけになってしまったが、そんなことは全く構う様子もなく、名無しさんはそのシャツを絞ると、大急ぎでマルコの体の海水を拭った。

「くっ…。」

「マルコ!」
苦しそうな声をあげたマルコに名無しさんは海水を拭う手を止めると、マルコの頭を膝に乗せて少し体を起き上がらせた。

「マルコ!大丈夫?再生できる?!」
マルコのシャツの左わき腹のあたりに滲む血の色を見ながら名無しさんがそう叫ぶと、

「無理…だ…。かい…ろ…。」
と言って、マルコが苦しそうに顔を歪めた。

「かいろ…?海楼石?海楼石なの?どこ…?」
ナミュールも海楼石と言っていたことを思い出した名無しさんは、どこに海楼石があるのかと聞こうと思ったところで気が付いた。

「ま、まさか…。」
マルコの左わき腹を見た名無しさんに

「ああ…。オレの、腹んなか、だい。」
とマルコが絞りだすように言った。

(うそ…。)
そこでやっと名無しさんはマルコが銃弾を食らっただけで海に落ちた理由を理解した。

「ど、どうしよう…。」
頭の中が真っ白だった。どうしたらいいのかさっぱりわからず半ばパニックになる名無しさんに、

「ナイ…フ、ある、かい?」
とマルコが聞いた。

「ナイフ?」
名無しさんはいつも自分の腰にさしてあるナイフに手をやった。

「あるよっ!ある!」
それを聞いたマルコは、荒い息をしながら、ニヤッと笑った。

「そいつで、取り出して、くれ…。」

「え?」

「出ち、まえば…再生、できる。」
何を言われているのか理解できなかった名無しさんは、途切れ途切れにマルコの口から出たセリフを自分の頭の中で繋ぎ合わせてマルコの意図を理解した。と、同時に、思わず震える手で口元を抑えた。

「たの…む。」
チラリと傷の方を見た名無しさんに

「出血が、やべぇ…。あんまり、時間が、ねぇ。」
とマルコが声をかけた。改めて名無しさんがマルコの顔を見ると、見たこともないほど青白い。名無しさんは大きく深呼吸をすると、ゆっくりとマルコのシャツをめくって傷口を確かめた。
自分の親指の先ほどのどす黒い丸の周りに真っ赤な血が付いている。海水で流れたはずなのに赤いということは、まだ出血している証拠だった。これから自分のやらなくてはならないことを理解した名無しさんの呼吸が浅く早いものになったのを名無しさんの揺れる膝で感じ取ったマルコは、

「すま、ねぇ…。自分じゃ、無理、だ。おまえ、なら、大丈夫、だ。出ちまえ、ば、なんとでも、なる。」
と言うと、何とかうっすらと見えた、今にも泣き出しそうな顔で自分を見下ろす名無しさんに、

「任せた、よい。」
と力なく微笑んで目を閉じた。
名無しさんは震える手でゆっくりとマルコの頭を砂浜に降ろすと、マルコのわき腹のあたりに膝をついて座った。腰にあるナイフを鞘から抜くと大きく深呼吸をする。マルコがいくら再生できても、痛みは自分たちと同じらしいということを名無しさんは知っていた。

(なるべく早く、なるべく痛くないように…。)
そう思うのに、手が震える。もう一度深呼吸したところで、ふと気が付いた名無しさんは、さっきマルコの体を拭くのに使った自分のシャツをマルコの口元に持っていった。

「マルコ、これ、噛んでて。」
うっすらと目を開けたマルコは、名無しさんの意図を理解してゆっくりと口を開いた。そこに名無しさんが自分のシャツを噛ませる。そっと左手をマルコの傷口のあたりに押し当てると、目をつぶって少し強めに押して、手に固いものにあたるのを感じた。

(よかった、そんなに深くない。)
もう一度大きく深呼吸をすると、名無しさんは傷口にナイフを刺した。
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