短い夢@

□嘘かホントか
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前を歩くマルコと名無しさんから一定の距離を保ちながら、新人ちゃんとついていく。しばらく歩いてから名無しさんがバーの前で立ち止まると、店の中を覗き込んだ。繁華街のはずれにある、モビーからは大分離れた店だった。一方のマルコは、ポケットに手を突っ込んだまま店の周りや店員の状況を眺めている。名無しさんが振り向いてマルコに何かを言うと、マルコは静かに頷いて先を歩く名無しさんに続いた。
カウンターしかない小さなバーだ。二人がカウンターに座ったのを外から確認する。

「仲間がデカい店で大騒ぎしながら飲むのを知ってるからな。あいつらいつもこういうところでしっぽり飲むらしいぜ。」

「静かに業務の話をしたいからかもしれないじゃないですか。」

「ああ。確かにな。ま、あの雰囲気だとまだ『お仕事モード』だな。」
そう言って窓から中を確認すると、名無しさんが身振り手振りで真剣に何かを話している。カウンターに頬杖をついて、体半分を名無しさんに向けたまま話を聞くマルコも、いつもの「隊長の顔」だ。

「ほら。全然そんな雰囲気ないですよ。ここに歩いてくる時だって、手を繋ぐわけでもないし。」
まだまだ納得しない新人ちゃんに、オレが思わず苦笑いすると、

「何がおかしいんですか?」
と文句を言われた。

「いやいや。おまえのその反論もわからなくねぇなって思ってね。」
オレ自身が半信半疑だったころのことを思い出す。今じゃもう、なんも疑わねぇけど。

「つまり、やっぱり怪しいってことじゃないですか。」

「ま、もうちょっと待てって。」
そう言ってオレは新人ちゃんをそこに立たせたまま向かいのバーで酒瓶を二本買ってくると、一本を新人ちゃんに渡して、もう一本を自分で煽る。飲んでなきゃやってらんねぇ。
新人ちゃんはちらちらとバーの中を覗いているが、まだ眉間の皺は消えない。

「オレも初めて見たときはビビったのよ。偶然だったし、他人の空似かと思ったくらいだぜ。」
そう言いながら、オレも店の中をちらっと見ると、もぐもぐと飯を頬張る名無しさんに、ニヤニヤとしながらグラスを傾けるマルコ。と、そこでマルコが名無しさんに手を伸ばすと、そっとその頬を撫でた。
新人ちゃんを見れば、一瞬ピクリと眉毛が動く。
とりあえず、満足するだけ食ったのか、名無しさんがフォークを置くと、首を傾げてマルコに何かを言いながらマルコのグラスに手を伸ばした。

「名無しさんのああいう顔は船の上じゃ見ねぇよな。」
ありゃぁ可愛いとオレも思うぜ、うん。
そう言ったオレの声が聞こえてるんだか聞こえてねぇんだか、新人ちゃんは黙っていた。
きっとお互いに頼んだ酒の飲み比べでもしてんだろう。名無しさんがマルコの酒に口をつけると、マルコも名無しさんのグラスから一口飲む。マルコが名無しさんをからかうように何かを言うと、名無しさんは自分の肩をマルコにぶつけるようにしてそのままマルコにもたれかかった。その体をさらに引き寄せるように、マルコの腕が名無しさんの腰に回る。
一方の名無しさんの手も、気が付けばマルコの太ももの上に乗っていた。
オレは持っていた酒瓶を煽ると、空にした。

「オレなんかよぉ、酒場で気に入った女をひっかけようとして失敗して、不貞腐れて一人で飲んでたんだよな。で、店の隅でいちゃついてる奴らがいてむかつくなって思ったら、あいつらだったってわけ。」
あの時のことも思い出して、オレは大きく息を吐きだした。

「まずマルコだって気が付いたんだよ。あの頭を見間違えるわけねぇし。で、そもそもマルコが女にデレデレしてんのが驚きだったから、マルコが骨抜きにされるのは一体どんな女だ?って確認したら…。」

「名無しさんさんだった…。」

「そ。腰が抜けるかと思ったぜ。オレ、思わず大声出しちまった。」
そこで新人ちゃんはやっと店の中からオレに視線を移した。

「オレに見られてたって気が付いて、あいつら慌てるかと思ったらよぉ、『あれ?サッチ?』って名無しさんは気にする様子もねぇし。マルコに至っては『なんだい?おまえは一人かい?』なんて嫌み言うんだぜ?」
新人ちゃんはまだ半分以上残った酒瓶を手にしたまま、黙っていた。

「後でなんでつきあってること隠してるんだって文句いったら、『オレたちは隠してねぇよい。』って言われちまった。すでにつきあいだして数か月以上たってて、いつも上陸するたんびにあんな感じだって言うんだよ。船の上でも実は名無しさんがマルコの部屋に入り浸ってるけど、仕事の話をしていると誰も疑わねぇらしいってな。」

「そう言われて思い返してみれば、朝早くにマルコの部屋から出てくる名無しさんを何度も見てんだよ、オレ。でも、あまりにさわやかに普通の顔して出てくるから、オレはいつも『こんなに朝早くから働いてんのかよ、ご苦労さん』くらいにしか思ってなかったんだよなぁ…。実はやることやってすっきりして出てきてたとはな。」
ちらっと横を見れば、新人ちゃんは手に持った酒瓶をじっと見つめている。かと思ったら、いきなり持っていた酒瓶を口につけると、一気に中身を飲み干した。

「サッチ隊長、ありがとうございました。」
すっきりとした顔でそう言い放った新人ちゃんに

「おぅ。いい顔してんじゃねーか。」
と言って頭を撫でる。

「飲みなおすか?」
そう言って空になった酒瓶を受け取ると、

「はい!」
という元気な返事が返ってきた。
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