短い夢A

□大事な女
1ページ/5ページ

「やっぱりヤダ。」
渋い顔をして名無しさんがそう愚痴ると、同じく渋い顔をしたマルコが

「仕方ねぇだろい。何度も同じこと言わせんじゃねぇ。」
と返した。絵にかいたようなふくれっ面でうなだれる名無しさんに、マルコは大きくため息をつくと、

「だから、ただ飲んでるだけだって言ってんだろい。確かに、酔っぱらって絡んでくる奴もいるけど、オレは興味ねぇんだ。今までも何も起こってねぇし、これからも起こらねぇよい。」
と低い声で言った。

「だから、別にマルコが浮気するって言ってないじゃん。お酒の席を理由にマルコが他の女にベタベタ触られるのが嫌なの。何度も言ってるけど、あれ、わざとだからね?酔って誰にでも絡むんじゃなくて、明らかにマルコ狙いなのっ!」

「考えすぎだよい。オレらがつきあってることはみんな知ってるんだ。わざわざ相手のいる男にそんなちょっかい出さねぇよい。」

「可能性あると思ってるからやるんだよっ!」

「それはつまりオレを疑ってるって意味じゃねぇかい。」

「そうじゃなくて…。」

「ったく!何回同じ話をすりゃいいんだよいっ!そんなにオレが信じられねぇのかよいっ!」
とうとう我慢できなくなってマルコが立ち上がると、名無しさんがビクッと体を揺らした。

「やってられねぇ。今度この話をしたら、別れる。」

「えっ?!マ、マルコ?」
驚いて顔をあげた名無しさんを残して、マルコは部屋を出て行った。マルコの部屋で一人取り残された名無しさんは、バタンと大きな音を立てて閉まったドアを茫然と見つめていたが、しばらくして、ぎゅっと目をつぶって溢れそうになるものを抑え込むと、ゆっくりと立ち上がってマルコの部屋を出た。そのまま人気のない甲板の隅で座り込む。

(わかってる。マルコが悪いんじゃない。でも…。)
マルコはもてる。名無しさんからダメ元で告白して、晴れてつきあうことになって、多くの女(特にナース達)が悲鳴を上げたのだ。最初の頃こそ、マルコの彼女になったことに浮かれていた名無しさんは、次第にそれでもマルコを諦めきれない女たちの行動に不安を抱くようになった。特に、何かと理由をつけて開催されるナースとの飲み会が一番やっかいだった。酔ったのを言い訳に、何人もの女たちがベタベタとくっついてマルコを誘惑するのだ。確かに、マルコはそんな女たちに対して毅然とした態度で振る舞うものの、泥酔を装った女を無下にもできず、結果的に好きに抱きつかせたり、最終的に介抱して部屋に送ってやることになる。そんな話を聞くたびに、名無しさんは不安で押しつぶされそうになるのだ。

「はぁ…。」
マルコを疑っているわけではない。でも。

(…でも、さ。普通はあっちの方がいいよね…。)
このナースとの飲み会以外、名無しさんはマルコに対して不満はなかった。あからさまにベタベタするとか、「溺愛されてます!」なんて雰囲気はなかったが、マルコは名無しさんに対して優しかったし、忙しいのにも関わらず、船の上でも上陸しても、名無しさんとの時間を確保してくれていた。惚れた弱みとは言え、彼氏としては、申し分ないと名無しさんは思っていた。だが、相変わらず、何で名無しさんはマルコが自分とつきあってくれたのか不思議だった。どう考えても、マルコに言い寄っているナースたちの方が「いい女」だ。綺麗だし、スタイルもいい。自分のような戦闘員とは天と地ほども違う絵にかいたような「女」たち。だから、例え今のマルコにその気がなくても、いつかふっと「やっぱりあっちがいい」なんてことになるんじゃないか、或いは、酔った勢いでつまみ食いすることになるんじゃないのかと気が気ではないのだ。

「でも…言い過ぎたよね…。」
再び大きなため息をついて、名無しさんが後悔の念をつぶやく。マルコはもてるからか、或いはやっぱり業務上ナースと接点が多いからか、名無しさんとつきあう前から飲み会には頻繁に誘われていた。名無しさんにしてみれば、「そんな理由で?」と思わなくないものもなくはなかった。新人が入ったからとか、誰それの誕生日だからとか。それは、二人がつきあうことになっても変わらなかった。マルコとしては後ろめたいことがないからこそ、何も変えないのだという説明だったから、最初こそ名無しさんは理解を示したものの。

「でも、嫌なものは嫌なんだよ…。」
そう呟いたところで、背後に食堂から出てくる仲間たちの声が耳に入ると、名無しさんは。フラフラと立ち上がった。マルコと鉢合わせしたくなかったから、いつもより遅めに食堂に入ると、隅っこの方で一人ダラダラと昼食をとった。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ