短い夢A

□なんて馬鹿なんだよい
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ああ。なんて馬鹿なんだよい、オレは。ちょっと考えりゃ、わかるだろうが…。

「マ、マルコ隊長…。」
弱々しい声で名前を呼ばれて、振り返る。

「どうした?」
しばらくお互い機嫌よく続いていた会話が途切れて微妙な空気が流れていたから、もしかしたらつまらねぇなんて思わせてんじゃねぇかと心配になる。だが、オレの心配に対して、想定外の返事が返ってきた。

「すみません…。靴擦れで足が痛くて…。」

「…靴擦れ?」
すぐに名無しさんの足元に視線を移すと、名無しさんは履いていたサンダルをずらした。

(っ!)
痛々しい真っ赤な肉刺(まめ)に、こんなになるまで我慢をさせてしまった自分に思わず舌打ちをする。

「なんでもっと早く言わねぇんだよいっ。」
思わずそう口走ったものの、名無しさんはオレに気をつかってなかなか言い出せなかったに違いない。しゃがみこんで状態を確認するが、オレと違って再生できねぇその傷でこのまま歩かせ続けるのは厳しそうだった。

「すみません。」
と頭上から名無しさんの声が聞こえた。

「慣れねぇもん履くからだよい。」
目の前の新品のサンダルを見ながらそうつぶやく。
ああ。馬鹿だ。本当に馬鹿だよい。買い出しを口実に誘った名無しさんが、珍しくサンダルを履いていた。もしかしたら、ただの買い出しにしたくねぇと思っているオレと同じ気持ちなんじゃねぇかって浮かれちまったオレは、「新品のハイヒールのサンダル」が引き起こす事態を全く想定せず、こいつを連れまわしちまった。欲しい医薬品が手に入らねぇなんて、一緒にいる時間を長くする口実だ。こんなことなら、さっさと買い出しを切り上げて、ゆっくり喫茶店でお茶してりゃよかったんだ。

「すみません…。」
完全に意気消沈した名無しさんの声に、申し訳ないという想いで一杯になる。

「右足は大丈夫なのか?」
と聞くと、

「はい。こっちだけです。」
との返事のあと、少し声色が変わった。

「買わなくてはならないものはあと少しですよね?」
立ち上がりながら、

「あ?ああ。」
と肯定の返事をすると、

「私、買ったものをモビーに持って先に帰ります。大変申し訳ないのですが、残りの買い物をお願いします。」
とさっきよりは幾分弱々しさの消えた言葉が返ってきた。とは言え、

「…その足で歩いて帰んのかい?」
と聞くと、名無しさんは素早くサンダルを脱いで、裸足で地面に足を降ろした。そのまま、サンダルを片手に、買い物袋を掴んで持ち上げる。

「大丈夫です。ご迷惑をおかけしてすみません。」
オレに視線を合わせることなく頭を下げた名無しさんに、オレはなんて返せばいいかわからず、無言でその背中を見送った。頭の中では、「オレも一緒に戻るよい」なんて言葉が一瞬浮かんだが、裸足で歩かせるわけには行かねぇし、おぶってやる、と言うべきか?なんて考えたものの。なまじっか下心があるが故に、そこを見透かされてただのエロオヤジだと思われるんじゃねぇかなんて不安が頭をよぎる。そんなことを考えている間に、名無しさんの背中はどんどん小さくなってしまった。慌てて追いかけようかと思ったものの、やっぱり考え直すと、オレは残りの買い出しを終わらせてしまうことにした。ちょうど目的の店はモビーに戻る途中にある。下手に買い出しを切り上げたことを名無しさんが知れば、きっと恐縮してしまうだろう。やるべきことを終わらせてしまおうと決めたオレは、さっさと買い出しを済ませると、モビーに向かった。道中、雰囲気のいい店が何軒か目に入る。晩飯に誘おうと思っていた当初の計画を思い出し、ため息をつく。

(…とりあえず、今日はお預けだよい…。)
果たして明日以降、もう一度名無しさんを誘い出すチャンスはあるものだろうかと考えながら、足早に繁華街を通り抜け、港のある湾を見渡すと、行きは全く気が付かなかった露店の並ぶビーチが目に入る。そのビーチはモビーを含めた大型船が停泊する港のと湾を挟んで対岸にあたる位置にあるのだが、対岸とは言え、湾自体がそれほど大きなものではなかったから、意外にもモビーからそれほど離れていない。まだ日は出ていたが、夕暮れが近かったこともあって、きっと昼間は目立たなかっただろう露店の明かりがいい感じに輝きだしていた。

(…あそこをブラブラすんのも悪くねぇな…。)
そうは思ったものの。結構ひどい肉刺(まめ)だったことを考えると、もう歩きたくねぇかもしれねぇ。オレは再びため息をつくと、モビーへ上がるタラップを登った。
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