短い夢A

□なんて馬鹿なんでしょう
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ああ。なんて馬鹿なんだろう。こんなの、ちょっと考えればわかるのに。

「マ、マルコ隊長…。」
とうとう我慢ができなくなって、私は先を歩くマルコ隊長の背中に声をかけた。

「どうした?」
振り返ったマルコ隊長は、私の顔を見て不思議そうにした。

「すみません…。靴擦れで足が痛くて…。」

「…靴擦れ?」
マルコ隊長は驚いたように目を見開くと、すぐに視線を私の顔から足元に動かした。痛みに耐えられず、私は履いていた左足のサンダルをずらすと、真っ赤な肉刺(まめ)が二か所できていた。舌打ちのような音がして、心臓が締め付けられるような感覚を覚える。

「なんでもっと早く言わねぇんだよいっ。」
明らかにイラついたマルコ隊長の声に、鼻の奥がツンとして、私は慌てて歯を食いしばった。しゃがみこんで私の足を確認するマルコ隊長に

「すみません。」
と謝ると、

「慣れねぇもん履くからだよい。」
と呆れたような声がうつむく隊長の後頭部から聞こえた。
ああ。馬鹿だ。本当に馬鹿だ。マルコ隊長に買い出しを手伝えと言われたからって、浮かれて新しいサンダルなんて履いて。必要な医薬品を一人で調達するには大変だから声をかけられたんであって、つまりそれは、町中を歩き回ることになるわけであって。こんなものを履いたらこうなるのは目に見えているのに。

「すみません…。」
もう一度謝る私の声が聞こえているのかいないのか、マルコ隊長は

「右足は大丈夫なのか?」
と聞いてきたから、

「はい。こっちだけです。」
と返事をすると、私はこれ以上マルコ隊長に迷惑をかけまいと決心した。

「買わなくてはならないものはあと少しですよね?」
そう言うと、屈みこんでいたマルコ隊長は長い体を伸ばして立ち上がった。

「あ?ああ。」

「私、買ったものをモビーに持って先に帰ります。大変申し訳ないのですが、残りの買い物をお願いします。」

「…その足で歩いて帰んのかい?」
不満そうに眉間に皺を寄せてそう言ったマルコ隊長から視線を逸らすと、私は両足のサンダルを脱いでストラップを指にひっかけると、地面に置かれていた買い物袋を掴んだ。

「大丈夫です。ご迷惑をおかけしてすみません。」
私は頭をさげてからくるりと向きを変えて今来た道を戻った。怖くて表情を確認することができなかったマルコ隊長から何も聞こえなかったから、きっと無言だったのだと思う。裸足のままペタペタとモビーに向かって歩く道中、「慣れねぇもん履くからだよい」というマルコ隊長の声が頭の中でこだまする。ちょっと前の島で可愛いサンダルを見つけた。以前から憧れていたヒールの高いサンダル。常に揺れていて、ロープやら樽が転がっているモビーの上ではあんな物は履けない。いつ敵船に遭遇するかもわからない。だから、このサンダルを買った後、街に繰り出す時にでも、と思って大事にしまっておいた。そんな時にマルコ隊長に買い出しを手伝って欲しいと言われて、浅はかな私はいい機会だととんでもない判断をしてしまった。ナースたちの足元にも及ばないけど、少しだけ女らしい恰好をして、ずっと憧れていたハイヒールを履いてマルコ隊長と街を歩ける。浮かれた私の頭には、そんな発想しか生まれなかったのだ。新品のハイヒールで歩き回れば、靴擦れするに決まってるのに。しかも、街中でだって海兵に遭遇する。チンピラにからまれることもある。このサンダルで走れるわけがない。

「走らなきゃならない事態に遭遇しなかっただけ、ラッキーなのかな…。」
思わずそうつぶやく。そうだよ。これで逃げなきゃならない状況だったりしたら、もっとマルコ隊長に迷惑をかける。本当にあり得ない。
一方で、ナースのみんなは、あのモビーの上でも常にハイヒール。下船してもまた違う(いや、もっとすごいこともある)ピンヒールで買い物しまくっている。モビーが揺れても、オヤジに呼び出されて走っても、あのヒールをカツカツ言わせながら、細くて長い足で船上を動き回っている。それに比べて私ときたら。マルコ隊長の指摘は最もだ。『慣れねぇもん』なんか履いてるからだ。
情けないとか恥ずかしいとかみっともないなんて感情を全部奥歯でぎゅっと噛みしめて、私はモビーに戻ると、持っていた荷物を医務室に置いてから女部屋に戻った。サンダルを自分のベッドの下に放り投げると、どさりとベッドに座り込む。泥だらけの足を見下ろしながらため息をつく。本当はもう動きたくなかったけど、これで傷口からばい菌なんか入って、何かの感染症にでもなったら、またもマルコ隊長に迷惑をかける。私は重い腰を上げると、ロッカーからビーチサンダルを出して、女風呂へと向かった。
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