短い夢A

□女だけど、さ。
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「なんでだよい。」
名無しさんの目の前に座ったマルコがムスッとした顔で文句を言った。

「だから、マルコがどうこうじゃなくて、誰ともつきあわないって言ってるでしょ。」
自分を睨むマルコの視線は全く無視して名無しさんがそう言いながら目の前のカレーライスをスプーンですくう。

「だから納得いかねぇんだよい。オレに問題があるんじゃねぇなら再考の余地はあるだろい。」

「ない。」
即答する名無しさんに、マルコの眉間にますます皺が寄る。黙々と食事を続け、マルコの存在を無視するような名無しさんにため息をつくと、マルコはお手上げだと言うように椅子の背もたれに体重を預けた。


喫茶店でパフェを食べる名無しさんに声をかけて自分の気持ちを伝えてから、マルコは名無しさんに自分とつきあって欲しいことを何度も告げたが、名無しさんの対応は冷たいものだった。名無しさんがマルコの告白に驚くのは理解できた。マルコ自身、生理痛で弱った名無しさんを女なんだと意識し始めてから急に芽生えた想いに戸惑わなかったわけではなかったからだ。でも、だからこそ、自分の気持ちに間違いがないか、一時的なものではないかと何度も確認をした。その上で、マルコは覚悟を決めて自分の気持ちを名無しさんに伝えたのだ。だから、最初こそ驚いて拒否する名無しさんの様子は想定内のことだった。或いは「ごめん。マルコのことは仲間以上に見ることはできない」と言われることも覚悟していた。それなのに、名無しさんから返ってきたのは「私は誰ともつきあう気はないの」というものだったから、逆にマルコは面食らった。

(ったく…。これなら、まだ、『鳥は嫌いなの』とか言われた方がすっぱり諦められるよい。)
相変わらず取り付く島のない名無しさんに落胆したまま自室に戻ったマルコは、ベッドに寝っ転がって天井を仰いだ。

(確かに、最近あいつが誰かとつきあってるとかって話は聞いてねぇ。前も『最近はご無沙汰』だとかって言ってたからな。遊んでもねぇみてぇだし…。でも、昔はそれこそうちのクルーとつきあってるとかって話もちらほらなかったか?)
そうなのだ。ここ数年、名無しさんに男がいるなんて話は聞かなかったものの、昔はそれなりにつきあっただの、別れただのなんて話を聞いた記憶があったのだ。

(その時になんか嫌な思いでもしたのか?…或いは…。)

「実は女がいいとか?」
そう呟いたものの。一方で名無しさんのそういう話も聞いたことはない。ナースの中にははっきりと自分の恋愛対象は同性だと明言して男を寄せ付けない者もいる。だから、もし、名無しさんもそういうことならはっきりそう言いそうだとマルコは思った。

「はぁ…。」
マルコは大きくため息をつくと、隊長会議に向かうべく、重い体を起こした。



一方の名無しさんは、マルコが諦めて食堂を出て行くと同時に大きなため息をついた。空になった食器を目の前にすぐに動く気にもなれずグラスに入った水を飲みながらぼんやりと食堂の窓から見える外を眺める。いい天気だった。

(勘弁してほしいよ…。)
名無しさんは突然のマルコの告白に当初こそ困惑していたが、からかっているわけでも一時的な気の迷いでもないとわかって心底落胆していた。

(マルコだけは私を女扱いしないと思ってたのに…。)
再びため息をつく。そんな中、珍しく食堂で女の声がしたと思って顔をあげると、食堂の片隅にナース数名とその向かいで鼻の下を伸ばす男たちが座っていた。かなり前にはなるとは言え、毎日のように自分と顔を合わせていた男が、隣に座る色っぽいナースの腰を引き寄せていた。

(まぁ、確かに、くだらない男とつきあった私がバカだったんだけど。)
ああ、自分も若かったな、なんて思いながら名無しさんは空になったトレーを持って立ち上がった。返却口にトレーを置きながら、そういう意味ではマルコは決して『くだらない男』ではないと名無しさんは考えた。でも、だからこそ。

(がっかりだよ。ほんと…。)
もう何度目になるかわからない大きなため息をつくと、名無しさんは食堂を後にした。
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