短い夢A
□覚えています。ごめんなさい。
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酒場の店主に閉店だと追い出され、さて、どこで宿をとろうかと思ったところで後ろから
「名無しさん〜!」
と大きな声が聞こえた。振り向くと、満面の笑みでマルコがこっちを見ている。
(…。こりゃ、かなり出来上がってるな…。)
この笑顔と微妙に呂律の回っていない口調に、私は内心ため息をついた。
「おまえはこの後どうすんだよい?」
マルコは一応まだしっかりした足取りでこっちに向かってくると、私の肩にポンと手を置いた。いつも以上に遠慮のない重たい手に、やっぱり酔ってるな、と思いながら
「宿探そうと思うけど。」
と答えると、
「もう飲まねぇのかい?」
なんて言いやがった。
「…もう十分でしょ?マルコは?モビーに帰るの?」
呆れながらそう聞くと、
「あー…。オレも宿をとるよい。」
「とってあるの?」
「いや。…オレの分も探せよい。」
(…探せよいって…。)
いつもは隊員にも比較的腰の低いマルコだが、酔っぱらうと微妙にオレ様になる。ま、そうはいっても可愛いもんだけど。
「ほら、じゃ、行くよ。」
そう言って歩き出すと、マルコも私の肩に手を置いたままついてくる。ご機嫌に鼻歌なんか歌ってる。宿が何件が建ち並ぶあたりにつくと、それなりに小ぎれいな宿を見つけた。
「ここでいい?」
「あ?おまえが問題ねぇならオレも問題ねぇよい。」
「…そうですか。」
酔ってはいるものの。宿探しを私にさせたのは、まだわずかに残る理性からか、或いは野生の勘なのか。下手な奴に頼むと汚い安宿に放り込まれる可能性があるということは、経験上わかっているのだろう。
「すみません。部屋、2つ空いてますか?」
カウンターで眠そうにしている店番らしきおじさんに声をかけると、おじさんは
「ああ。空いてるよ。」
と答えた。と、その瞬間、肩に乗るマルコの手が一気に重くなった。
「ちょっと!しっかり立ってよ!」
「あー?立ってるよい。」
いや、確かに立ってはいるけど。「しっかり」の部分はどこ行った?乗っていただけのはずの手が、なぜか腕全体が肩に回って、マルコの体重ががっつりと私にのしかかる。宿が確保できた安堵感から一気に脱力しやがった。
「ほらよ。その様子だと、あんまり上の階じゃない方がいいだろ?2階だ。」
おじさんがカウンターの上に部屋番号のついた鍵を2つ置いた。カウンターから鍵を取るべく、一旦マルコを近くにあった椅子に座らせる。
「ありがとう。ほら、マルコ。これ。」
おじさんに礼を言ってからがっくりとうなだれて椅子に座るマルコに鍵を握らせると、
「おぅ。」
という返事が返ってきた。
「大丈夫?203号室だよ?」
「おぅ。」
(…本当に大丈夫か?)
そう思いながらマルコのふさふさの頭頂部を睨んでいると、
「姉ちゃん、悪いがそのままにしとくのだけは勘弁してくれよ。」
とカウンター越しにおじさんが言った。
「…連れてきます。」
しかたなくそう返事をすると、私はマルコの肩を叩いた。
「ほら、マルコ!部屋に行くよっ!立てっ!ここで寝るなっ!」
なにやらごにょごにょ言っているマルコの前に屈むと、私は肩から潜り込むようにマルコの懐に入った。そのままマルコの左腕を自分の左肩にかけると、右半身にマルコの体重をかけて立ち上がった。いわゆる一本背負いの体勢だ。
「よい…しょっと。」
微妙にマルコの意識が復活したのか、マルコも右手で椅子の背もたれを掴んでバランスを取る。
「行くよ。」
おぼつかないものの、私に支えてもらいながらマルコも足を動かした。階段を一段一段確認しながら上がると、203号室は階段を上がってすぐの位置にあった。なかなか気の利くおじさんだ。マルコの右手に握られていた鍵を奪い取ると、ドアを開ける。そのまま引きずるようにマルコを運んでベッドの上に放り投げる様に降ろした。
「はぁ…。重かった…。」
ゴロンと仰向けにベッドに横たわるマルコから
「ありがとよい。」
と言う声が聞こえる。めったに見られない完全無防備ダメマルコに思わず笑みが漏れる。ほっと一息ついたところで、窓が締め切られているからか、或いは大きな荷物を運んだからか、若干蒸し暑さを感じた私は、部屋の窓を開けた。外の冷えた空気が気持ちいい。手にしていた自分の部屋の鍵を確認すると、そこには210と書いてあった。さて、自分の部屋に引き上げるか、と思ったものの、ふと気になった私は、
「マルコ。財布出して。」
と声をかけた。
「んー。」
マルコは生返事をすると、もぞもぞと動いてズボンのポケットから薄っぺらい財布を出した。力なく伸びる手からそれを受け取ると、私は中身を確認した。
(よし。十分入ってるな。)
薄っぺらいから心配したものの、宿代には十分すぎるほどのお金が入っていることを確認した私は、
「お財布、テーブルに置いとくからね。」
と声をかけて、財布をテーブルに放り投げた。以前一緒に飲んだ時に気前よくその場の飲み代の足しにしろと隊員たちに金を渡した後、宿代がなくなったから貸せと言われた記憶があったからだ。さて、今度こそ部屋に行こうと思ったところで、
「水くれよい。」
と声がして振り返ると、そのまま寝るかと思っていたマルコが、起き上がってベッドに座っていた。
「…。はいはい。」
ついでに私も飲んでおこう、なんて思いながら、ベッド脇のサイドテーブルの上に伏せておかれたグラスを取ると、入り口とは違うドアに向かう。洗面所でグラスに水を注いでその場で飲み干すと、再びグラスを水で満たした。そのグラスを持って、マルコに差し出すと、
「すまねぇな。」
と言って、ニヤリと笑ったマルコが、一気にそれを飲み干した。
「はぁ〜。」
「じゃ、私は自分の部屋に行くね。」
マルコの手から空になったグラスを受け取りながらそう言うと、
「あ?」
と不満そうな声が聞こえて、私はマルコを見た。元から細い目が半分しか開いてないからさらに細い。何が問題なのかと聞こうとした瞬間、
「オレを一人にするんじゃねぇよい。」
と聞こえて、私は我が耳を疑った。
「…。何ふざけたこと言ってんの?」
私の文句が聞こえているのかいないのか、マルコはベッドに座る自分自身の隣をボンボンと叩くと、
「座れよい。」
と言った。