短い夢A

□大きな背中
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「名無しさん!!」
名前を叫ばれて振り返ると、巨大な刀を振りかぶった敵が目の前にいた。

(もうダメだっ!)
目の前にいた敵を切った自分の刀を戻してその攻撃を受けるにはもう間に合わない。死を覚悟した。敵の刀が迫ってくる瞬間、目を閉じた私は、痛みを感じる代わりに大きな何かに包み込まれた。

(え?)
目を開くと、目の前は真っ青。青い炎が私の全身を包んだかと思うと、それはすぐに離れていった。

「てめぇの相手はオレだよいっ!」
という聞きなれた声とともに、打撃音が響いた。
私の目の前には、青い羽根を広げたマルコの背中。その背中には大きな刀傷が袈裟懸けについていたが、すぐに青い炎に覆われて消えてしまった。私に刀を向けていた敵は10メートル以上吹き飛ばされてのびていた。

「大丈夫かい?」
首だけ振り返ったマルコに、私が頷くと、マルコはニヤッと笑って

「あともうひと踏ん張りだ。油断すんじゃねぇよい。」
と言って羽を大きく広げると、まだ敵が多く残っていた舳先の方へ飛び立っていった。
側で刀と刀がぶつかる音がして、私は我に返った。すぐに自分の刀を握りなおすと、仲間の援護に駆け出した。


すぐにでもマルコをみつけてお礼を言いたかったが、激しい戦闘の後のマルコは忙しい。そんな彼の邪魔をするわけにもいかず、けが人の手当や船の修理を手伝いながら、私はずっと声をかけるタイミングを探していた。
そんな私がマルコに声をかけられたのは、その戦闘から二日後だった。

「マルコ。」
治療を終えて一息ついているのか、甲板で手すりに寄り掛かって海を眺めていたマルコに声をかけると、マルコは首だけをこっちに向けた。

「よぉ。…医務室に来なかったってことは、おまえは無傷だったみてぇだな。」

「おかげさまで。あの時はどうもありがとう。」

「ああ。…あれはちょっと焦ったよい。」

「うん。私も。」
マルコの横に立って私も海を見る。

「ちょっと、覚悟した。」

「…。そうかい。」
横に並ぶマルコもまっすぐに海を見ているようだった。

「いつも思ってたんだけど…。」

「ん?」

「いくら再生するからって、痛いのは痛いんでしょ?」

「…。」
無言のマルコをちらっと見ると、マルコは海を見たままだった。

「まぁ…。ちょっとな。痛みを感じる前に再生するからそれほどでもねぇよい。」
気を遣わせないようにこう答えたような気もするが、きっと戦っている最中はそれどころではなかったりするから、半分本当で半分嘘なのかもしれない、と思った。でも、今回私をかばってついた傷は結構深いはずだ。

「ごめんね。」
私はうつむいていたが、マルコが横を向いたのが分かった。しばらくじっと私を見ているようだったが、

「…あん時は…。」
と言うと、一瞬止まってから続けた。

「痛みを感じる余裕がなかったよい。」
どういう意味だろう?そう思って横を向くと、今度はマルコが海を見ていた。

「間に合わねぇかと思った。」
まっすぐに海を向いたマルコの目は、海を見てはいないようだった。あの瞬間を思い出しているのだろう。

「…ごめん。」
そう言うと、マルコは無言のまま私の肩にポンと手を置いた。口には出さなかったが、心の中で「もっと強くなる」と誓った。



強くならなきゃいけない、という想いとは別に、もう一つ新しい感情が自分の中で芽生えたことに気が付いたのは、それからさらに数日経ってだった。
気が付くと、目でマルコを追っていた。ふとした瞬間に、あの青い炎に包まれた感覚を思い出した。私に代わって受けた傷を再生させながら、私と敵の間に立ちふさがる大きな背中を思い出した。首だけ振り返ってニヤリと笑ったニヒルな顔と、それとは対照的なまっすぐに海を見つめる横顔。「間に合わねぇかと思った」と自分を案じてくれたこと。すべてを思い出すたびに胸の中が熱くなった。
戦闘の中でお互いを助け合うのはよくあることだ。マルコに限らず、誰かに守ってもらったり、逆に自分が誰かを守ったり。そんなことはしょっちゅうだ。でも、あの時、すべてを諦めて死を覚悟した瞬間に自分の身を挺して守ってくれた青い炎に私は墜ちた。熱のないはずの青い炎と大きな翼に包まれた瞬間のぬくもりを忘れることができなかった。
そんな想いを頭から追い出して稽古相手を探しては刀を振っていた。

「おまえ、最近頑張りすぎじゃねぇ?」
手合わせをしてくれていた1番隊の隊員にそう言われて、

「だって、もっと強くなりたいんだもん。」
と答えると、

「あんまり頑張りすぎると、ジョズ隊長みてぇにムキムキになっちまうぞ〜。」
とからかわれた。

「うるさいっ!おまえがそれくらい頑張れよっ!」
早々に音を上げたくせにっ!そう思いながら、私は水を飲みに食堂に向かった。
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