短い夢A
□ファーストキス
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「あれって…。もしかして、名無しさんか?」
そう言ったサッチが見ている方向を見れば、いつもより二倍増しくらいで化粧の濃いナースに混じって、見慣れねぇ女がいた。
「…名無しさん?」
よくよく見てみれば、ナースたちほどではねぇが、いつもより若干化粧の濃い名無しさん。いつもは動きやすさ重視のワイド目なチノパンやらジーンズにTシャツを着ていることが大半なのに、今日はタイトなハーフパンツにノースリーブ。
「へぇ。あんな恰好もすんだな。意外だぜ。」
サッチの言う通り、横にいるナースたちに比べれば全然露出は少ねぇが、いつもがいつもだけに確かに新鮮だ。しかも、周りが派手な分、ちょっと上品に見えなくもねぇ。男によっちゃあ、遊びまくってそうなお色気ムンムンの姉ちゃんたちより、敢えてこっちを選ぶ奴もいるかもしれねぇな、と思ったところで、名無しさんに話しかける男が現れた。男は何やら一生懸命名無しさんに話しかけているが、一方の名無しさんは手にしたグラスを傾けながら、適当に相槌を打っている感じだ。だが、そこで名無しさんが何かを言うと、男は面食らったような顔をしてその場を去った。
「行ってみようぜ。」
サッチはそう言って立ち上がると、グラスを持って名無しさん達の座っている席に移動した。オレも、グラス片手について行く。
「あら。サッチ隊長。マルコ隊長も?」
「よぉ。」
気が付いたナースにサッチが手を挙げると、名無しさんも気が付いたのかこっちを向いた。
「ナースたちと飲んでるなんて知らなかったぜ。いつもは16番隊の奴らと飲んでなかったか?」
サッチがそう名無しさんに声をかけると、横にいたナースがクスクスと笑った。その様子を不思議に思ったのが顔に出ちまったのか、名無しさんもオレを見てニヤリと笑う。
「私たちからお願いしたの。用心棒にいいし、いい男も寄ってくるし。」
「すぐに追い払うけどね。」
ナースの説明に名無しさんがそう付け足すと、二人はクスクスと笑った。
「じゃあ、オレらがここにいちゃ邪魔じゃねぇかい?」
オレがそう言うと、
「あ。いいよ。私的には大歓迎。どうせナースたちはあっちの方で盛り上がってるし。一緒に飲もうよ。」
そう言って名無しさんは後ろの方のちょっと離れたテーブルを指さした。そこでは若い男数人とほぼ同じ人数のナースたちで合コン状態になっている。さっき名無しさんの横に立っていたナースも、いつの間にかそっちに移動していた。
「おまえはあっちに入らなくていいのかよ。」
サッチがそう言ってからかうと、
「面倒だからいいよ。」
と名無しさんは本当に面倒臭さそうな顔をする。
「さっきの男はどうしたんだ?タイプじゃなかったのか?」
「ああ。『実は私は男だよ』って言ったら、慌てて逃げてった。」
「は?」
「昔は適当に遊んだけど、今は本当にただの用心棒だから。それに、ああいうのに限って、いろいろと面倒臭いのよ。」
クスクスと笑いながら名無しさんがそう言うと、
「どういうことだよ?」
とサッチが聞いた。
「はい、これからって時に『これ』に気が付いて、使い物にならなくなったりね。」
そう言って名無しさんが来ているノースリーブシャツの首元に指をひっかけてちょっと下にずらすと、そこには見慣れたマークの入れ墨があった。
「そんなとこに入れてたのかい。」
「そ。」
「え?なになに?つまり、服脱がして、これからやるって時にそれに気が付いて萎えちゃうってこと?」
「そうなの。それこそ、本当にしゅるしゅる〜っとね。」
呆れたようにそう言った名無しさんに、オレとサッチは顔を見合わせると、思わず大笑いした。
「そりゃひでぇなっ!」
「情けなさすぎだろいっ!」
「それがさぁ、一人や二人じゃないの。そういうのを何回も経験しちゃうともう面倒で。」
「そりゃ大変だな。オレらなんかは逆だよなぁ?ヘラヘラしてても『え?白ひげ海賊団なの?』『うっそー!隊長さんなの?』みてぇな?」
「確かにな。オレは隠しちゃいねぇからわかってて寄ってくるのが大半だしな。」
オレたちがそう言って笑うと、名無しさんは不貞腐れたように口を尖らせた。
「でもよ。おまえは遊ぶつもりねぇのに、何でそんな恰好なんだよ?」
サッチがふと気が付いたように聞いた。
「ああ。あのナースたちと一緒にいるのにいつもの恰好してたら浮くでしょ?いかにも用心棒って感じのがすぐそばに座ってても男が寄ってこないしね。それもあるから、男のクルーに頼まないで私に話がきたってわけ。」
「なるほどなー。」
「ま、用心棒っていっても、結局ああやって相手を見つけたらいつの間にか消えちゃうんだけどね、みんな。たまにお呼びでない奴らが寄ってきたりするからさ。」
こんな話をした後、結局オレたちは三人でダラダラと飲んだ。名無しさんが言っていたとおり、気が付けばナースたちはいなくなっていた。もちろん、一緒に飲んでいた若ぇ男たちもだ。
ベロベロになったサッチを肩に担いだオレの横を名無しさんが歩く。
「私、この先で宿取ってるけど、多分まだ空きがあるよ?」
「そうかい。そりゃ助かるよい。」
重てぇサッチをモビーまで運ぶのは面倒だと思っていたオレは、名無しさんの泊まる宿に着くと、部屋を二つ取った。そのうちの一つにサッチを放り込むと、もう一つの部屋に入ってシャワーを浴びた。名無しさんも近くの部屋に入ったんだろう。名無しさんとこんなに話をしたのは始めてだと思いながら、オレは床についた。
次の島でオヤジに頼まれた用事を済ませたオレは、日も落ちて昼間よりにぎやかになった繁華街をぶらぶら歩いていた。どこかで一杯ひっかけようと比較的大きな酒場を覗くと、うちのナースたちと思しき女たちがいた。
(…もしかして…。)
明るい店の中は外からよく見えた。奥の方に視線を移すと、思った通り、名無しさんが座っていた。オレは迷わず店に入ると、
「よぉ。」
と名無しさんに声をかけた。顔をあげた名無しさんに、
「いいかい?」
ときくと、
「もちろん。」
と名無しさんはにっこり笑った。
「今日は一人?」
「ああ。ちょっとオヤジに頼まれてな。やっと一杯飲めるよい。」
そう言いながら店員に手を挙げると、すぐにジョッキが運ばれてきた。
「お疲れ様。」
「おぅ。」
名無しさんと乾杯して喉を潤す。
「お腹すいてる?」
「ああ。何か食いてぇな。」
「このお店、牛肉が美味しいよ。」
「へぇ。」
名無しさんに薦められていくつか牛肉料理を頼む。オレのジョッキが残り少ないのを確認したのか、名無しさんは手を挙げて店員におかわりを頼むと、自分の目の前にあったつまみの皿をオレの方に押しやった。
「すまねぇな。」
オレがそう言うと、
「マルコはいつも忙しくて大変だね。」
と言って屈託のない笑顔で微笑んだ。