長い夢 「不死鳥の女」
□本音
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あまり食欲がなかった名無しさんは、外が真っ暗になっても女部屋に籠っていた。トントンと控えめにドアをノックする音が聞こえて、名無しさんは立ち上がった。
「はい?」
ドアを開けると、そこにはサッチが立っていた。
「よぉ。飯は食わねぇのか?」
「あ…。」
名無しさんはサッチがわざわざ声をかけに来てくれたことを申し訳なく思うとともに、そうなることを想定できなかった自分が嫌になった。
「軽く作ったからよ。一緒に食わねぇか?」
気遣うような笑顔でサッチがそう言うと、名無しさんは頷いた。
「寒ぃけど、大雪じゃなくてよかったぜ。これで甲板に積もったら雪かきまでやらなきゃならねぇからな。」
「そうだね。でも、しばらく滞在するでしょ?その間の天気はどうなんだろうね。」
「さぁな…。降らなきゃいいけどな。」
たわいもない会話をしながら夕食を食べていた二人だが、先にサッチが自分の食事を終えると、厨房に入っていった。手にマグカップ二つを持って戻ると、
「マルコと喧嘩でもしたのか?」
ときいてきた。
「…まぁ…喧嘩って言うか…。」
伏し目がちにそう言った名無しさんは、ちょっと間をおいてから続けた。
「いくらマルコが強くても二人で島を歩いてるのは危ないって話をしたんだよね。モビーの方が安全じゃないかって。あと…もし、青キジに私とマルコがつきあってるって思われたら、面倒じゃないかって。」
サッチはマグカップ片手に名無しさんの話を聞いていた。
「もし、マルコとつきあってると思われたら、私が白ひげ海賊団を辞めない理由が、マルコだと思われるかもしれないでしょ?青キジが私を好きだとかそういう話じゃなかったとしても、男がいるからここにとどまるんだと思われたら…。」
「まぁ、その男を消しちまえって思う可能性もあるよな。」
サッチがそう言うと、名無しさんはうつむいたまま頷いた。
「で?その話をしたらマルコがへそを曲げちまった、と。」
再び名無しさんが頷くと、サッチは大きなため息をついた。
「ったく。バカヤロウが。それで名無しさんちゃんを一人にしちゃ意味がねぇじゃねぇか。」
そう文句を言ったサッチに、名無しさんは
「でもね。私も反省しなきゃいけないな、と思ったんだよね。」
と言うと、サッチが持ってきてくれたコーヒーに手を伸ばした。
「勝手にマルコに守ってもらう気になってたなって。自分の身くらい自分で守らないとだめだよね。」
名無しさんの発言に、サッチは眉をあげた。
「いやぁ…でも、相手はあの青キジだぜ?」
「うん。そうなんだけど…。マルコだって、ずっと私の側にいられるわけじゃないし。私自身も、マルコがいるからって気を抜いてた気がするんだよね。私が青キジに勝てるとは言えないけど、抵抗するとか、逃げることはできるはずだから。ちゃんと一人でも何とかできるようにしないと。」
一瞬、サッチの視線が食堂の外へ動いたが、うつむいていた名無しさんはそれには気づかなかった。
「ってことは、マルコはもうお役御免ってことか?」
「え?」
名無しさんは顔を上げると、
「いや…。そういうわけじゃないけど…。」
と言葉を濁した。
「もちろん、名無しさんが気を抜くべきじゃねぇけどよ。別にマルコじゃなくたって、オレら隊長たちで護衛はできるしな。マルコが粋がって逆に名無しさんちゃんを不安にさせちまうくらいなら、オレらがやった方がいいよな。」
「まぁ…。でも、あの隊長会議の時にはマルコが護衛ってことで決まったんだし。いきなりそんなのを任されても納得しない隊長もいると思うよ。だから、私はここで大人しくしておくよ。でも、ここに青キジが来たら、それはそれで迷惑かけちゃうな、とも思うんだけどね。」
「それは心配しないでいいんじゃねぇか?このでかいモビーにいきなりやってきて、どこにいるかわからねぇ名無しさんちゃんを探し回るのはさすがの青キジでもリスクが高すぎだろ?ここにいるときくらいはリラックスしてくれよ。」
サッチがそう言うと、名無しさんは顔を上げてやんわりと微笑んだ。
「やっぱりいろいろ面倒かけてるよね。ごめんね。」
「おいおい!謝るなよっ!悪いのは人の海賊団から仲間をかっさらおうとしてる青キジだぜ?ったく、人さらいは海賊の専売特許なのによぉ。勘弁してほしいぜ。」
サッチがおどけてそう言うと、名無しさんが笑った。