長い夢「続・何度でも恋に落ちる」

□サッチの観察日記A
1ページ/1ページ

マルコの記憶が戻った。
どうやらエースとの二回目の激突で記憶を取り戻したらしいが、あの場にいた一部の人間は「名無しさんがひっぱたいたのが決定打じゃねぇの?」なんて言ってた。どちらにしろ、いい話だ。これでもう、名無しさんの悲しむ顔を見なくて済む。マルコがもう一回名無しさんに惚れちまったからその心配も大分なくなってはいたが、そうは言ってもやっぱり会話の中で時々マルコが覚えてねぇことがあったりするとそれはそれで不便だったから、マルコの記憶復活は喜ばしいことだった。

「…いいことなんだけどよ。」
思わずそう声に出して言っちまうと、横にいたイゾウが不思議そうな顔をしてこっちを見た。そんなイゾウにオレは目配せをしてから、食堂の反対側に向かい合って座るマルコと名無しさんの方を見た。朝から一緒に食事をする二人の姿はあいつらがつきあい出す前後から見られた光景だが、マルコの記憶が戻って以降、その雰囲気が全然違う。さすがに「デレデレ」とまでは言わねぇものの…

「もう、名無しさんしか眼中にありません、って感じだよな…。」
オレがそうつぶやくと、イゾウもあの二人を見た。

「もとから飯は一緒に食ってたしよぉ、上陸すりゃあ一緒に歩いてんのも見たけどよ…。なんか、こう…マルコの奴、記憶が戻っただけじゃなくて、性格まで変わっちまったんじゃねぇの?ってくらい、名無しさんにべったりだよな。」
そうなのだ。以前はもうちょっと人目を気にしてたっていうか、まぁ、それこそこの前のハロウィンの時みてぇに、酒が入ったりすると名無しさんの肩を抱いたり、名無しさんもマルコに寄り添ったり、みたいなことがあったが、それはあくまで酒が入った時だけで(それに、あん時はオレをからかうためにわざといちゃついてやがったよな、きっと)。オレらがからかうのを嫌がって、あまり人前ではベタベタしていなかった。それがどうした。記憶が戻ってからというもの、食事の時でさえまるで二人の世界みてぇな感じになっちまって、からかうどころかむしろ近寄り難い。一昨日の夜なんて、四番隊の奴らと飲んでトイレに行こうと甲板に出たら、船の縁に寄り掛かるマルコを見つけたんだ。一緒に飲まねぇかと声をかけようとしたら、どこかから名無しさんの声がするもんだからおかしいなと思ってよく見たら、マルコの前に立ってやがった。つまり、マルコが後ろから抱き着いてる状態。ったく、これじゃぁ、まるで何とかって船が沈没したとかいう映画のワンシーンじゃねぇか。あいつらがいた場所はオレらが飲んでた部屋から大して遠くねぇ。って言うか、マルコの奴はオレが後ろにいることを気が付いてたんじゃねぇかとも思う。記憶が戻る前だったら、絶対ぇにあんなところでいちゃつかねぇ。

「まぁ…。」
オレが一昨日の夜のことを思い出していると、イゾウが口を開いた。

「それだけマルコも記憶がなくなったことがショックだったんじゃねぇのか?」

「あ?」

「考えてみろよ。大事なもんの記憶がすっぽりなくなってたんだ。しかも、そのせいで極めて不本意な、記憶があれば絶対にしない行動で名無しさんを傷つけた。わざとじゃねぇとは言え、名無しさんが愛想つかしたっておかしくねぇ。」

「まぁ…な。」

「それに、さすがにもうないとは思うが、また同じことが起きたら、って考えると、いろいろ不安なのかもしれねぇよな。」

「…なるほどな。」
確かに、あの時のマルコは本当に名無しさんに対して冷たかった。その時のマイナスを取り返す意味でも、或いは、万が一また同じようなことが起きたらって恐怖から、全力で愛情表現をしてるのかもしれねぇ。

「いいじゃねぇかい。惚気すぎて本業に支障が出てるわけでもねぇし。自分の気持ちに素直なマルコも悪くないさ。」
イゾウはそう言ってニヤリと笑うと、空になったトレイを持って立ち上がった。

「自分の気持ちに素直、ねぇ…。」
もう一度二人の方を見ると、マルコは目を細めて目の前で話をする名無しさんを見ていた。

「ったく、あんな顔、見たことねぇぜ。本当に海賊なのかよ。」
思わずそう口に出してから、オレはため息をついた。

「オレも彼女が欲しいなぁ…。」
次の章へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ