長い夢「続・何度でも恋に落ちる」
□晴天の霹靂再び
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しばらく敵船との遭遇もなく、海も穏やかな日が続いていた。マルコは船長室から出てくると、視界に入った快晴の空と青い海を見渡した。
(しばらくは落ち着いて航海できそうだよい。)
後ろの方でどこかの隊が訓練でもしているのか、騒がしい声が聞こえる。その声をBGMに自室に戻ろうとマルコが甲板を進んでいくと、前方では別の隊が稽古をしているようだった。だが、そこで名無しさんの
「まだまだっ!」
という威勢のいい声が聞こえて、それが自分の隊だとわかる。
(ちょうど面倒な案件も片付いたし、オレも入れてもらうかねぃ…。)
マルコがそんなことを思いながら、一歩踏み出した瞬間だった。
「やっべぇっ!」
というエースの叫び声が聞こえたかと思うと、マルコの後頭部に激痛が走った。
エースの叫び声に続いて、ドカッという衝撃音が響いて名無しさんは動きを止めた。
「え?何?今なんかすごい音しなかった?」
近くにいた一番隊の隊員と顔を見合わせると名無しさんは振り向いた。視界に入ったのは仰向けに横たわるエース。そして、その下に横たわる紫色のシャツ。名無しさんは息を飲んだ。
「…。」
一瞬名無しさんの脳裏に別の光景がフラッシュバックする。
(これって…。)
「エース隊長っ!」
二番隊の隊員がエースに駆け寄るのを見て、気を取り直した名無しさんは、すぐに他の一番隊の隊員と駆け出した。
「マルコっ!?」
「いってぇ…。」
むくりと起き上がったエースをマルコの上からどかすと、名無しさんはマルコの肩に手を乗せた。
「マルコ?大丈夫?マルコ?」
「うぅ…。」
(よかった。意識がある…。)
うつ伏せに倒れたマルコがわずかなうめき声をあげながら身じろいだかと思うと、すぐに青い炎が後頭部あたりに灯って消えた。
「おいおいおいおい。何だか見たことある光景じゃねぇか。大丈夫なのかよ?」
騒動を聞きつけたのか、船内から出てきたサッチが心配そうにマルコ達を見下ろす。横には同じく眉間に皺を寄せたビスタも立っている。
「ったく…。なんでこう何度も何度も…。」
マルコはゆっくりと上半身だけを起こすと腕立て伏せのような体制で両手で体を支えたままエースに回し蹴りをくらわせた。
「いってぇぇーーーっ!なんだよっ!オレだって痛ぇんだよっ!」
「知るかっ!なんでこうも毎回毎回おまえはっ!オレになんか恨みでもあんのかっ!」
「恨みはいろいろあるがわざとじゃねぇっ!」
マルコとエースのやり取りに周りで心配そうに見ていた面々も安堵の表情を浮かべる。
「大丈夫なのかな?見たことある光景だったからかなり焦ったよ…。」
名無しさんがそう言ってマルコの肩に手を乗せた瞬間だった。そんな名無しさんの顔をじっと見たマルコが
「…誰だ?」
と言ったものだから、その場にいた全員が凍り付いた。
「…え?」
名無しさんの顔が引きつる。最初きょとんとしていたエースとサッチの顔もみるみる歪んでいく。ビスタはぐっと口をへの字に曲げてまるで呼吸を完全に止めてしまったようだった。
「なーんてな。さすがにそう何度も記憶を失ったりしねぇよい。」
そう言ったマルコがヘラっと笑って名無しさんの肩にポンと手を乗せると、
「マルコっ!てめぇっ!ややこしいことすんんじゃねぇっ!」
「なんだよ〜。焦るじゃねぇか…。勘弁してくれよ…。」
とエースとサッチが口々に文句を言った。ビスタに至っては、止めていた呼吸を再開させると、大きく息を吐きだした。
が、表情を変えることなく自分を凝視している名無しさんに気がついたマルコが
「名無しさん?」
と声をかけた瞬間だった。
バッチーーンという甲高い音が響いたかと思うと名無しさんが飛び跳ねるように立ちあがった。思いっきりマルコを睨む名無しさんと、そんな名無しさんをポカンと見上げた左頬を真っ赤にしたマルコの視線が交わると、名無しさんは無言でその場を立ち去った。
「ちょ、ちょっと待てよいっ!」
マルコが慌てて追いかける。その場にいた全員の首が去っていくマルコと名無しさんの動きに合わせて横に動く。ドカドカと大股で歩く名無しさんの横をイゾウが通り過ぎてぎょっとした顔をしたかと思うと、その後ろから追いかけてくるマルコに気が付いて怪訝な顔をする。
「一体何があったんだ?」
イゾウに話かけられたサッチが事の次第を説明すると、状況を理解したイゾウは大きなため息をついた。
「…頭が悪いのか、マルコは。」
「…かもしれねぇな。今回ばっかりは名無しさんが気の毒だぜ。」
呆れたようにそう言ったサッチに、イゾウが
「…名無しさん、泣きそうな顔してたぞ。」
とぼそっと言うと、サッチは口をあんぐりと開けて絶句した。しばらくして
「土下座もんだな。」
と呆れたように言うと、イゾウも「ダメだな。」と言わんばかりにゆっくりと首を横に振った。