長い夢「何度でも恋に落ちる」

□もっともらしい理由
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バッシャーン、という大きな水音にマルコが振り返ると、慌てた様子のクルーたちが船の縁に乗り出して海面を覗き込んでいた。

「エース隊長っ!」

「おい!誰かっ…。」
誰かがそう叫んだところで、すぐにもう一つ、別の水音が響いた。
マルコも急いで船の縁から海面を見るが、誰も見当たらない。かと思ったら、数秒後、エースを肩に担いだ名無しさんが海面から顔を出した。

「姐さん!」

「名無しさん、大丈夫かっ!?」

「おい、早く縄梯子を下ろせよい!」
マルコの指示に二番隊の一人が急いで縄梯子を垂らすと、エースを担いだ名無しさんが泳いできて縄を掴んだ。名無しさんは肩越しにエースに何かを言うと、エースは弱弱しく頷く。すると、名無しさんはエースを肩に担いだまま縄梯子を上り始めた。その様子を見た周りのクルーは大急ぎで縄梯子を引っ張り上げる。手の届くところまで上がってきた名無しさんに二番隊のクルーが手を伸ばして引き上げると名無しさんはエースを甲板にどさりと下ろした。

「あーっっ!重っ!」
息を切らせながら、甲板にどかっと座り込んで名無しさんが空を仰ぐと、その横に力なく大の字になったエースは首だけ持ち上げて名無しさんを見た。

「すまねぇ、助かった…。」

「おいおい。一緒に稽古してる奴らが気をつけねぇでどうすんだい。」
二番隊が稽古をしていたのを知っていたマルコは、本来その稽古に参加していない名無しさんが助けに行くのはおかしいと文句を言った。ケガをしないように、船を壊さないように稽古をするのがルール。本来はそこまで配慮して、何かあったらお互いに助けに入れるようにしておくべきなのだ。

「いや、その…。」
ばつが悪そうに二番隊の一人がマルコの前でごにょごにょ言い出すと、横から

「面倒だからおまえらまとめてかかってこい!なんて威勢のいい掛け声が聞こえたと思ったら、エースが落ちたのっ!」
と名無しさんが突っ込んだ。

「あぁ?」
わけがわからん、という顔をしたマルコに、どもっていた二番隊の隊員が説明を始めた。

「その…。全員でかかってこいってエース隊長が言うから、全員で攻撃したら、見事に全員なぎ倒されて…。で、その攻撃で勢い余ったエース隊長が海に落ちちまって…。みんなすぐに立ち上がれないから、すぐに助けに行けなくて焦ってたら名無しさんが慌てて飛び込んでくれたってわけで…。」

「…アホかい。」
呆れたようにマルコがエースを見下ろすと、やっと呼吸の落ち着いた名無しさんがゆっくりと立ち上がった。

「能力者は沈んじゃうから、落ちたらすぐに助けないと面倒なのよっ!」
そう吐き捨てると、名無しさんは着ていたTシャツを脱ぎだした。

「っ!」
一瞬焦ったマルコだったが、Tシャツの下に着ているのは下着ではなく水着らしいということに気が付いて、小さく咳払いをすると、視線をエースに移した。一方の名無しさんは、脱いだTシャツを絞っている。

「他の隊に迷惑かけてんじゃねぇよい。」

「すまねぇ…。」
やっと起き上がったエースが、頭を掻いて面目なさそうにする。
そこで、マルコの横に立っていた二番隊の一人が、

「でも、やっぱりこういう時は姐さんが一番早いっすよね。」
と言った。

「確かに。申し訳ねぇけど、姐さんが飛び込んだの見たときに『助かった』って思っちまったぜ。」

「ああ。あそこで名無しさんが飛び込んでなかったら、もうナミュール隊長に助けてもらうしかねぇもんな。」
二番隊の面々が口々に名無しさんを称賛しだしたところで、

「お?なんかいい眺めじゃねぇか。」
という声がした。
マルコが振り向くと、ニヤニヤと笑うラクヨウが立っていた。

「おぅ!名無しさん、どーせなら下も脱げっ!」
品のないヤジに名無しさんが振り向いたかと思うと、バッチーンという音とともに

「ぶっ!」
とラクヨウが奇声をあげた。

「うるせぇ、バカヤロウ。」
上半身ビキニの名無しさんが腰に手を当てて睨んだ先には名無しさんのTシャツが顔面に巻き付いたラクヨウ。顔に張り付いたTシャツを引っぺがすと、ラクヨウはそれを名無しさんに投げ返す。名無しさんはそれを受け取ってすぐに頭からかぶった。

「なんだよ。もうちょっとそのままでいりゃいいのに。」
懲りずにそう言ったラクヨウを名無しさんが睨む。だが、集まっていた二番隊や野次馬の連中も残念そうに名無しさんを見ていることにマルコは気が付いた。

「…ったく。いつまでも古株に助けられてんじゃねぇ。もっと若ぇもんが率先して飛び込めるようになっとけよい。」
そう言ったマルコに、

「確かになぁ。いつまでも名無しさんに頼ってらんねぇな。」
とラクヨウも同意する。

「…つい、飛び込んじゃうんだよね。今度はちょっと様子見て若者に譲るかね。その方が落ちた奴も反省するし。」

「ああ。老体に鞭打つんじゃねぇ。」
そう言ったマルコに、名無しさんのこめかみがピクリと動く。

「…ちょっと、何、それ。」

「あ?年寄りをこき使うんじゃねぇって言ったんだよい。」

「老体とか年寄りって何なのよっ!私は婆ぁだって言いたいの?あんたの方が年上でしょっ!」

「何だい。気遣ってやってんのに。相変わらず可愛くねぇ奴だよい。」

「その可愛くない婆ぁに死にかけてるところを助けてもらったのはどこのどいつよっ!」

「あー、そんなこともあったかねぃ。」

「今度同じようなことがあっても助けてやんないからっ!」

「へいへい。同じ轍は踏まねぇよい。」

「黙れ!くそマルコ!」
ぎゃぁぎゃぁと騒ぎ出した二人を「やれやれ」という表情で見ると、集まっていた面々はそれぞれ持ち場に戻った。エースとラクヨウもマルコに言い包められて機嫌を損ねた名無しさんの八つ当たりを食らうのはごめんだと、そそくさとその場を去った。
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