長い夢「何度でも恋に落ちる」

□真の男前
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「自惚れんじゃねぇ!!」
たまたま遭遇した他の海賊団との戦闘を終えた直後だった。甲板から聞こえた怒鳴り声に振り返ると、正座をしてうなだれる大男二人の前で、名無しさんが腰に両手を当てて吠えていた。

「いくら相手が名もない海賊だからって、油断しすぎでしょっ!この大きなモビーに喧嘩売ってくるくらいだよ?何か裏があるかもしれないとか考えらんないのっ?!」

「おいおい。どうしたい?」
オレが近づくと、正座していた二人が情けねぇ顔をして振り返った。

「なーんにも考えないで敵船に突っ込んで、能力者に殺されかけたんだよっ!」
まだ二人を睨みつけたままそう吐き捨てた名無しさんから正座している二人に視線を移すと、

「やばかったところを姐さんに助けてもらったんっす。」
と言った一人の顔は傷だらけ。横にいるもう一人も服が破れて散々な状態だった。

「待てって言った私を無視して敵船に入っていくなんて、自殺するようなもんだっ!この前の戦闘で手柄を立てたからって調子に乗りやがって!」
名無しさんの発言が図星だったのだろう、正座をした二人はますます小さく縮んだように見えた。

「これに懲りてもう少し慎重になるこったな。ほら、さっさと医務室に行って手当してもらえよい。」
オレがそう声をかけると、二人はさっと立ち上がって名無しさんとオレに頭を下げると、すごすごと船内に消えて行った。

「ちょっとこの前うまく敵船の船長を追い詰めたからって調子に乗って…。どう見たって何かの罠があるとしか思えないような船内に突っ込んでいくんだよ?頭悪すぎっ!」
まだまだ怒りが治まらないのか、名無しさんはぶつぶつ言っている。
このイライラ状態になった名無しさんを敬遠するように、一番隊の他の面々は遠巻きに様子を見ている。

「怖ぇ顔がますます鬼みてぇになってるよい。これ以上皺が増えたらどうすんだい。」
オレがそう言って名無しさんの肩をポンと叩くと、

「はぁ?そこはふつう『きれいな顔が台無しだ』でしょっ!これ以上の皺って何よっ!」
と攻撃の矛先がオレに向いた。

「自分できれいって言うなよい。」

「って言うか、マジでやぱかったんだからねっ!ほんとあいつら、五体満足で帰ってこられたのが不思議なくらいだよっ!」
名無しさんが仲間を助けることはよくあることだ。戦闘の後、名無しさんが仲間に礼を言われているのはよく見る光景だ。それがあれほど怒っているということは、あの二人がよっぽど無茶をしたのだろう。

「後でオレからもお灸をすえておくよい。」
名無しさんにそう声をかけたところで、ふと気が付いた。

「…おい。その腕…。」

「え?あっ!」
名無しさんの左ひじのあたりを見ると、白いシャツに血がにじんでいる。最初は返り血かと思ったが、そのシャツは裂けていた。

「え?やだ。ヒリヒリすると思ったら…。」

「怒りで痛みも感じなかったのか?おまえもさっさと医務室に行けよい。」

「うん。」
名無しさんは素直にそう返事をすると、医務室に向かって行った。

「姐さん、大丈夫っすかね?」
後ろから声をかけられて振り向くと、中堅の隊員が心配そうな顔をして立っていた。

「結構やばかったんっすよ。あとちょっと遅かったら、マジであいつら、今ここにいなかったかもしれねぇ。マルコ隊長からもきつく言っておいてくだせぇ。姐さんにまでケガ負わせやがって、バカヤロウが。」

「…わかったよい。」
あいつが珍しく素直に医務室に行ったこともあって、ちょっとケガの様子が気になっていたオレはすぐに名無しさんの後を追った。医務室に近づくと、すでに中に入っていると思っていた名無しさんが、オレに背を向けて医務室の前に突っ立っていた。どうしたのか、と声をかけようと思った瞬間、医務室からさっきの二人の声が響いた。

「そもそもよぉ、隊長でも何でもねぇくせに、いちいちうるせぇんだよっ!」

「古株だか何だか知らねぇけど、みんなに姐さん、姐さんとか呼ばれて調子に乗りやがって。」

「けっ。女だからって親父からも特別扱いされてよぉ。確かにオレらより強ぇかもしれねぇが、本当に実力があるのか疑わしいもんだぜ。」

「隊長陣に気に入られてるのだって、何でだかわからねぇぜ。実は体使ってんじゃねぇかって言ってる奴らもいるしなぁ。」

(あいつら…。)
怒りでオレが拳を握り締めた瞬間、オレの前で直立不動のままだった名無しさんが急に振り返った。きっとオレの存在に全く気が付いていなかったんだろう。オレがいるのを知って大きく目を見開いたが、すぐに口をぎゅっと結ぶと視線を床に落とした。そのまま、オレの横を通り過ぎようとした名無しさんの腕を掴んだ。

「っ!」
驚いてオレを見上げたその眼には、うっすら涙が浮かんでいた。

「まだ手当は終わってねぇよい。」
困惑の表情のままオレを見上げる名無しさんの右手首を掴むと、オレは医務室のドアを開けた。先に入っていた二人が振り返った瞬間、驚いて声を上げた。

「マ、マルコたい…。」
言い終わる前に、オレは近くにいた奴の顔をぶん殴ると、続けて横に座ってたもう一人の頬も同じく拳で殴った。

「きゃぁ!!」
ナースの悲鳴に続いて、

「マルコ!」
と名無しさんも悲鳴に近い声を上げて、オレの腕を掴んだ。

「てめぇら、次の島で船を降りろい!」

「マルコ!やめて!」
振り返ってオレの腕を引っ張る名無しさんを見ると、見たいこともないような情けない顔をしていた。その顔にオレの怒りがますます増殖していく。全く落ち度のない名無しさんにこんな顔をさせる目の前の二人が心底憎らしかった。

「おまえらが助けられた瞬間を見ていた他の隊員も、名無しさんがあと少し遅かったらおまえらの命がなかったかもしれねぇって言ってたんだ!ケガをしてまでおまえらを救った名無しさんに礼を言っても足りねぇくらいなのがわからねぇのかっ!こいつの実力は本物だ!女だとか男だとか、そんなもんは関係ねぇ!それもわからねぇようなバカヤロウはこの船にはいらねぇっ!」

「マルコ!」
名無しさんがオレを止めようとオレの腕に抱きついて引っ張る。

「いいの、マルコ!もう、いいからっ!」
オレとしてはもう数発ずつ殴ってやりたかったが、必死にオレにしがみつく名無しさんを振り払うことはできなかった。

「出て行けっ!」
二人はオレに殴られた頬を抑えたまま、逃げ出すように医務室から出て行った。茫然と事の次第を見ていたナースに

「こいつの手当てを頼む。」
と言うと、オレは名無しさんを残して医務室を出た。
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