長い夢「何度でも恋に落ちる」

□隊長命令
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「名無しさん、いるかい?」
ノックとともに聞こえたマルコの声に、

「はい?」
と返事をして名無しさんがドアを開けた。

「返しに来た。それと…」
そう言ってマルコが持っていた本を見せながら、ちらっと名無しさんの向こうに視線を移す。

「持ってる本、見せてもらってもいいかい?」
そう言ったマルコに、名無しさんは以前自分が「どんなのあるか、一度見に来れば?」と言ったことを思い出す。

「ああ。いいよ。どうぞ。」
そう言ってドアを大きく開けるとマルコが部屋に入ってきた。
通常、隊長以外は大部屋で相部屋となるが、名無しさんは隊長陣と変わらないくらい古株だった上に、女であるということもあって自分の部屋を持つことを許されていた。
口では女じゃねぇ、なんて言ってはいるものの、さすがに完全に男扱いしているわけではなかったマルコが名無しさんの部屋に来るのは初めてに等しかった。もちろん、用事があって部屋を訪ねたことはあったが、ドアのところで立ち話をしたり、或いは、隊長陣の会議に同席してほしいといった類の呼び出しであることが多かったから、わざわざ中に入るようなことはなかった。
マルコの部屋より少し小さめのその部屋はこざっぱりとした清潔感のあるものだった。ぐるりと部屋を見渡すと、

「もし、内装が全部ピンクのフリルだったりしたら、今晩うなされそうだ、なんて思ってたが…。やっぱりそんな心配はいらなかったよい。」
とニヤッと笑ったマルコが言った。そんな自分の隊長を横目で見ると、

「そんな内装にお金をかけるくらいなら、本を買うわ。」
と名無しさんが吐き捨てた。

「って言うか、喧嘩売るなら見せないよ。」

「あー。はいはい。…へぇ。」
これ以上余計なことを言うのはやめた方が無難だと判断したマルコは、壁一面にそびえたつ本棚を眺めた。さっと上から順番に見て、

(こりゃ、読みごたえがありそうだ。)
と、思ったところでふと気が付く。

「おい。」

「ん?」
声をかけられた名無しさんがマルコを見ると、マルコは本棚に並ぶ本ではなく、なぜか床を見ている。

「おまえ…。この床、補強してあんのか?」

「え?」
マルコが何を言っているのか理解できなかった名無しさんが首を傾げると、マルコは眉間に皺を寄せて

「この重さに耐えられんのかって聞いてんだよい。」
と言った。
しばらくポカンとしていた名無しさんがマルコの言わんとしていることを理解すると、目を見開いて両手で口を押えた。

「やばい…。」

「バカヤロウ!床が抜けたらどうすんだいっ!」
名無しさんは慌てて本棚の本を掴めるだけ掴むと、本棚とは反対側の部屋の端に積み上げる。マルコもすぐにそれを手伝った。とりあえず、重さを分散させたところで、マルコがぼやく。

「全く…。本で床が抜けた海賊船なんて、聞いたことがねぇよい。」

「ちょっとずつ買ってたから…。ごめん、気づかなかった…。」
珍しく素直に謝る名無しさんに、マルコは嫌みの一つや二つでも言おうかと思ったが、そう言えば明らかに自分に非があるときの名無しさんは意外と素直であると思い出してやめた。

「こうなったらオレが預かってやるよい。」
口角を上げてそう言ったマルコに名無しさんは「ありがとう」と言いそうになって止めた。

「…預かってやるって、なんか変じゃない?」

「そうかい?このままこの部屋にばら撒いておくよりゃましだろい?」
名無しさんは口をへの字に曲げると、マルコを睨む。

「本当は貸していただく、なんじゃないの?」
名無しさんのセリフを無視して、マルコは積まれた本を眺める。

「へー。これ、こんなに続いてんのかい。」

(おい、無視かよ。)
そんなマルコを見て名無しさんは心の中で愚痴ったが、確かにもう読み終わった本だし、マルコの部屋に置いてあっても不便はない。

「…じゃ、預かっていただきます。」

「おう。自由に持って行っていいからな。」
ペラペラと本を物色しながらそう言ったマルコの背中に

「当たり前でしょっ!私の本だよっ!」
と文句を言うと、マルコは立ち上がった。

「じゃ、オレの部屋で預かる本は運んどけよい。」

「え?そこ、手伝ってくれないの?」

「オレはこれから隊長会議だい。それに、これを持ったらもう他の物は持てねぇよい。」
そう言って、マルコは本棚から選び出した本10冊前後を担いでドアに向かうと、

「隊長命令だ。ちゃんとやっとけよい。」
と言って、出て行ってしまった。

「ちょ、ちょっとぉ!」
バタンと閉まったドアを茫然と見つめた後、名無しさんは自分の部屋を見回した。散乱する本に大きくため息をつくと、しぶしぶマルコの部屋に運ぶ本を選別する作業にとりかかった。本を運んで何度も自分の部屋とマルコの部屋を行き来する名無しさんを、隊長会議を終えて甲板を歩いていたサッチが見て、

「何だ?おまえ、マルコと同棲することになったのか?」
と冷やかしたもんだから、サッチはイライラMAXの名無しさんの渾身の蹴りを食らう羽目になった。
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