長い夢「何度でも恋に落ちる」

□趣味
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「…おまえ、本なんて読むのかい?」

「読まないのに何で買うの?筋トレの重りにするとでも思ってんの?」

「おまえならあり得なくねぇよい。」
上陸した島の大きな書店で本数冊を手にした名無しさんを見かけてマルコが声をかけると、名無しさんが口をへの字に曲げた。だが、名無しさんの持っていた本の表紙を見て、マルコが首を傾げる。

「…ん?」

「何?」
マルコの反応に気が付いて名無しさんがそう言うと、

「…その作家の本、好きなのかい?」
とマルコが片眉を上げて聞いた。

「え?これ?」
名無しさんが自分の手にしていた本を見下ろす。

「あー、そうね。今一番気に入ってるかな。」
そう言いながら持っていた本の背表紙をマルコに向けると、全部同じ作家のものだった。

「最近のはほとんど読んじゃったから、昔のとかは見つけたところで買っておかないとどこの本屋にでもあるわけじゃないし。ただの推理小説だけど、結構面白いんだよねー。」

「知ってるよい。」

「え?」
意外な答えに名無しさんが驚きの声をあげると、マルコは

「オレもそいつのは何冊か読んだことあるよい。」
と言った。

「意外。推理小説なんて、読むんだ。専門書しか読まないのかと思ってた。」
そう言った名無しさんがマルコの手元を見ると、そこには分厚い医学書。

「これは役割の一環だよい。本当は何も考えなくていいそんな娯楽本を読んでる方が気が楽だい。」

「まぁ、ね。確かに、それはマルコのお仕事ね。」

「本当はそいうのも買いてぇが、こっちを買っちまうと金がねぇ。」

「…そういう本って、意外と高いよね…。」

「ああ。これで5万だ。」

「ええっ!?マジ?そんなの上陸するたんびに買ってたら破産するじゃん!」

「…だから厳しいんだよい。」

「医学書なんて、そう何冊もいるもんなの?そんなの毎回買ってたらお金だけじゃなくて読むのも大変じゃない?」
名無しさんがそう言うと、マルコは一瞬は言うかどうか迷ったような顔をしてから

「親父の…。親父の役に立ちそうな情報はできるだけ集めておきてぇからな。」
と言いながら頭を掻いた。

「…。そう。」
名無しさんがそれだけ答えると、マルコは

「じゃ、な。」
と言って、医学書を持って会計へと向かった。




モビーが出航してから数日後、ドアをノックする音がすると、返事を待たずに

「マルコ?」
と名無しさんがドアを開けて顔をのぞかせた。

「なんだい?」
マルコは机を向いたまま答えた。

「邪魔しにきた。」

「あぁ?」
名無しさんの返答を聞いて、マルコが顔をドアの方へ向ける。名無しさんはニヤリと笑うと、マルコの座る机に近づいた。

「はい。」

「ん?」
名無しさんはマルコの前の机にポン、と一冊の本を置いた。

「こりゃぁ…。」

「そ。このシリーズ、全巻持ってるから。気に入ったらまた貸したげる。」
そう言う名無しさんはくるりとマルコに背を向けた。

「読み始めたら止まんないよ〜。寝不足になるかもね〜。」
ニヤッと笑うと名無しさんは片手をあげてマルコの部屋を出て行ってしまった。
ポカンとその様子を見ていたマルコは、机の上に置いて行かれた本を手に取る。表紙を見てからひっくり返すと、書かれていたあらすじにさっと目を通す。

「…なるほど…。確かに、ひでぇ営業妨害だよい。」
マルコはニヤッと笑うと、目の前に広がる医学書をそのままに、手にした本の表紙を開いた。

翌日は快晴だった。
甲板のマストの影に足を投げ出して座る名無しさんは、前の島で買った本を読んでいた。近づいてくる足音に気が付いて視線を本から横にずらすと、視界にサンダル履きの足が見えた。

「おまえのせいで寝不足だよい。」
サンダル履きの声の主はどかっと名無しさんの横に座ると、

「ありがとよい。」
と言って名無しさんの目の前に本を差し出した。

「…読みわったの?」

「ああ。」
名無しさんは顔を上げてマルコの顔を見た。と、そこでマルコが「ふぁぁぁ〜。」と大きくあくびをして

「一気に読んじまった。」
と言いながら潤んだ眼を擦った。目を丸くしていた名無しさんは思わず噴き出すと、

「じゃ、ここで昼寝する?それとも次のを読む?」
とマルコに聞いた。

「あー、そりゃ究極の選択だよい。っていうか本当はやらなきゃなんねぇことがあるんだよなぁ…。」

「じゃ、それが終わるまで次のはお預けだね。」

「…そうしてもらった方がいいかもしんねぇなぁ…。」
ますます眠そうにそう言ったマルコに名無しさんが苦笑いをすると、

「30分後に起こしてくれよい。」
と言ったかと思うと、マルコはもう一度大きなあくびをしてから腕を組んで目を閉じた。そんなマルコを見て名無しさんはふっと微笑むと、チラリと腕時計を見てから視線を本に戻した。
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