続いてる夢

□彼女のコーヒー(彼女の気持ち)
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その日の夕方、敵襲があった。
私は戦闘員じゃないし、それこそ敵襲の後は腹をすかせた奴らがいつも以上に食う上に、きっと宴会になる(もちろん、勝つに決まってる)から、外がどんなに騒がしかろうといつも以上に厨房で大忙しだった。

「おーい。外が静かになったら酒用意しとけよー。」
呑気なサッチの声が聞こえるってことは、大した相手じゃないってことだ。やばいときはサッチも出ていくから。
案の定、数時間していつもより遅めの晩御飯兼宴会が始まった。親父の体調も機嫌もいいみたいで、みんな楽しそうだった。

「おまえもちょっと休んでこい。」
そう言って4番隊の先輩がグラスとワインボトルを渡してくれた。

「ありがとう。じゃ、ちょっと風にあたって来まーす。」
料理しながらちょいちょいいろいろつまんでたから、お腹はそこそこいっぱいだった。ワインを持って甲板に出るが、宴会の輪に入っちゃうと抜け出せなくなるから、私はあまり人のいない方へ回り込んで、手すりに寄り掛かった。

「あー。疲れた。」
ああ、そう言えば。さっき食べたシチュー、美味しかったなぁ。あれ、誰が作ったんだろう。後でレシピ聞かなきゃなー、なんて思いながら、二杯目のワインを手酌する。

「いいペースで飲んでるねぃ。」
振り返らなくても誰だかわかるから、私は無言でグラスに口をつけた。

「オレにもくれよい。」
目の前に突き出された空のグラスにワインを注ぐ。

「いいの飲んでんじゃねぇか。」
一口飲んだマルコが、私が持っていたワインボトルに手を伸ばした。ポッと指先に青い炎を灯すと、ラベルを確認する。

「そうなの?」

「ああ。知らねぇで飲んでんのかい?」

「いや…。もらったんだけど、もしかしたら前これが美味しいっていったからかな?」

「…。そうかい。」
マルコはそれだけ言うと、海を見ながらグラスに口をつけた。その横顔をじっと見てしまっていた自分に気が付いて、私は慌てて

「そ、そう言えば、今日の敵襲は大丈夫だった?みんなケガとかしてないのかな?」
とマルコに聞いた。

「ああ。大した相手じゃなかったよい。ほとんどケガ人もいねぇ。」

「マルコも?」
言ってから後悔した。そんな相手にマルコがケガするわけがない。

「ああ。心配してくれんのかい?」
マルコがニヤッと笑って私を見下ろす。

「あまりしてない。」

「ひでぇよい。」

「マルコの心配しなきゃならない時はかなりやばいでしょ。」

「そりゃ褒めてんのかい?」

「好きに解釈して。」

「ハハっ。」
マルコは楽しそうに笑うと、空になった私のグラスにワインを注いでくれた。

「なぁ。」

「ん?」

「やっぱりオレがからかってると思うのかい?」
横を向くと、マルコはまっすぐに海を見ていた。

「…。」
何と答えていいかわからない。確かに、そういうことをする人ではないと思う。しかも、サッチもマルコに協力してるし。今だって、そう言っている横顔は穏やかではあるが真剣そのものだ。

「からかうっていうより…。」

「唐突だったか?」

「…うん。」
マルコはグイっとワインを飲み干すと、自分でそこに新たにワインを注いだ。

「オレが本気だったとして。」

「え?」

「オレの本気を前提としたときに、そもそも『オレ』って選択肢はあんのかい?」

「え?」
マルコは横を向いて私を見た。

「オレが本気だろうが、からかってようが、そもそもオレがありえねぇんだったらそう言ってくれよい。」

「…。」
マルコの言ったことを考える。なるほど。そうだ。…。私にとって、マルコは「あり」なのか?

「おい。」
マルコが呆れたように私を見る。

「もしかして、そこを全然考えてなかったのかよい。」

「…そ、そうだね。」

「どうなんだよい?」

「どうなんだろう?」
マルコが思いっきり渋い顔をする。が、大きく息を吐きだすと、

「速攻で却下、ってわけではねぇってことかい?」
言われてみれば、そうなのか?

「サッチはどうだい?」

「は?」

「サッチだよい。サッチとつきあうのはありなのか?」

「は?ヤダよ!ないない!」

「…。」
マルコがじっと私を見る。

「…この違いは何だろうね?」

「オレが聞きてぇよい。」

「うーん。サッチは、兄貴っていうか、上司っていうか…。しかも、ほら、女の子見てヘラヘラしてるのとかよく見てるし…。料理人としては尊敬してるけど、そういうんじゃないんだよね。」

「ふーん…。」
そう言う意味では、私はマルコのことを嫌いではないが「一番隊隊長」という見方しかしたことがなかったから、よくわからないのかもしれない、と思った。

「よし。試してみろい。」

「は?」

「よくわかんねぇならつきあってみろ。お試し期間だよい。」

「へ?」

「違うと思ったらすぐに言え。オレも無理強いする気はねぇよい。」

「お、お試し?」

「ああ。安心しろい。お試しと称して襲ったりはしねぇよい。手は出さねぇ。無理やりとかそういう趣味はねぇからな。」
ぽかんとしている私にマルコはニヤッと笑うと、

「もし、ダメだったとしても関係は今まで通り。気まずくなるようなことはねぇようにする。お互いいい大人なんだ。それくらい周りに迷惑かけずにできんだろい?」
と言って私をじっと見た。

「あ…。」
ここで初めて私は自分の中にあったもやもやしたものがすっきりしたのを感じた。そう。すべて今マルコが代弁してくれたんだ。マルコがからかってるんじゃないかって不安もあったけど、そもそもマルコをどう思っているのか自分でもわかっていなくて。でも、もし、つきあってうまくいかないことで自分とマルコの関係だけでなく、サッチや周りも巻き込むんじゃないかという漠然とした不安もあったのだ。

「わかった。」
そう言って頷くと、マルコは優しく笑った。

「おーい!マルコぉ!親父が呼んでるぞ〜!」
後ろの方からエースがマルコを呼ぶ声が聞こえた。

「おー!今戻るよい!」
マルコはそう言うと、私の頭を軽くポンポンと叩いて、そのまま空になったボトルと一緒に去っていった。

「私も戻らなきゃ…。」
後片付けに厨房に向かう途中、「そもそもこんな『お試し』提案を受け入れてる段階で、もう答えは出てるんじゃないの」とも思ったが、とりあえずこの提案に甘えさせてもらうことにした。
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