短い夢@
□願懸け
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他の男に惚れている女に告白するなんてバカだと思う。こいつが誰を好きなのかを知ったうえでどうするか考えようと思っていたし、もし、告白してふられるならその時こそ狙い目だと思っていた。とは言え、無理に相手を聞き出したり、或いは当然だが、「告白してふられてしまえ」と思っていることがバレしまえば嫌われちまうリスクだってある。あくまで、親身に相談に乗ってやっている「いい奴」を演じながら、次の手を考えるはずだった。
それなのに。
探りを入れれば入れるほど、いかにこいつが真剣なのかがわかる。本当にその男が好きなんだということが、伝わってくる。全く持って名無しさんらしくない臆病さや、合理的と言えない行動、そしてそいつを想って見せる切ない表情にオレは生まれて初めて嫉妬という感情を抱いた。
それと同時に、相手の男に対するいら立ちを感じる。こいつの想いどころか、どうやら魅力さえも全くわかっていないその男はこいつの葛藤など知りもせずにのうのうと日々を過ごしているのだ。
「誰だよい。」
気が付くと、オレは部屋を出て行こうとする名無しさんの腕を掴んでいた。
驚いた名無しさんが振り向いてオレを見上げる。今にも泣きだしそうなその顔が、その男のせいだと思うと無性に腹が立った。
「そいつは一体誰なんだよい。」
「マ、マルコには、関係ない。」
関係なくねぇ。ふざけんな。オレの気持ちを知りもしないで。
名無しさんにしてみりゃオレの怒りは理不尽なもんだ。オレが勝手にこいつを好きになって、勝手に焦って怒ってるんだ。
「い、痛いよっ。」
名無しさんにそう言われて、オレはかなり強く名無しさんの手首を握り締めていることに気が付いた。だが、この場でこの手を離したらもう二度と触れねぇような気さえして、オレはその手首を引っ張って名無しさんの体を引き寄せた。
「おまえは一体誰が好きなんだよいっ!」
名無しさんは明らかに困惑していた。
「な、何で…。」
そう言って不思議そうにオレを見上げる。自分の気持ちは確実にこいつを手に入れられる確証が得られるまで隠しておくつもりだったのに。もう、そんなことはどうでもよかった。ここに来て、ふられるとわかっているのに願懸けまでして告白しようとしていた名無しさんの気持ちがわかった気がした。
「なんで?いい加減、気が付けよい。」
そう言われてわけがわからない、という顔をしたかと思うと、はっと何かに気が付いたように名無しさんの表情がかわった。だが、そこから急にオレから視線を逸らすと、困惑したように目を泳がせる。
握っていた手首を離すと、オレはそっと名無しさんの頬に触れた。名無しさんはゆっくりと顔を上げると、まっすぐにオレを見た。
「好きだ。」
固まったようにオレを見上げ続けた名無しさんが次に発したのは、
「嘘…。」
というかすれるような声だった。
「嘘じゃねぇ。」
そう言ったオレを茫然と見つめていたかと思うと、名無しさんはふいに下を向いて顔を両手で覆った。
「フフフっ。」
「っ?!」
てっきり泣いているのかと思った名無しさんから漏れ出る笑い声。よほどおかしいのか、肩を震わせて笑っている。
「な、何がおかしいんだよいっ!」
(ふざけんじゃねぇ!人の気持ちを馬鹿にすんないっ!)そう怒鳴るつもりだったオレは、下を向いたままオレの腰に抱き着いた名無しさんに驚いて何も言えなくなってしまった。
「っ!な、な…。」
一方の名無しさんはオレの腰に思いっきり抱き着いたまま、笑い続けている。だが、次の言葉に今度はオレが固まった。
「マルコだよ。私が好きなのはマルコだよ。」
「え?」
「マルコが、私の髪の毛をきれいって言ってくれたから、髪の毛伸ばして願懸けしたんだよ。」
「な、う、嘘だろい。」
「嘘じゃないよ。」
そう言うと、名無しさんは顔を上げてオレみた。目に涙をためて笑っている。
「マルコが好き。」
「マ、マジかよい…。」
オレは腰が抜けそうになった。よろよろと名無しさんを抱えたまま後ずさると、ぶつかった机に体重をかけてよりかかる。
「ハハっ。」
「フフフ。」
「こりゃ、もう笑うしかねぇな。」
「でしょ?」
オレが思いっきり名無しさんを抱きしめながら笑うと、名無しさんもオレの腕の中で笑い続けた。
「なんだい。じゃあ、オレは自分に嫉妬してたのかい。」
抱きしめた名無しさんの頭を撫でながらそう言うと、名無しさんが顔を上げて微笑んだ。
「…なんでふられると思ったんだよい。」
「…いやぁ…。だって…。私だよ?」
微妙な顔をして下を向いた名無しさんの頭を撫でながらわからなくもないかな、とも思う。オレ自身、自分の気持ちは見せまいとしていたし、こいつのことをあからさまに女扱いするようなことは敢えてしていなかった。
「なぁ。」
「ん?」
「また、髪の毛伸ばせよい。」
「え?」
「もう一度、オレのために伸ばしてくれよい。」
一瞬きょとんとしてオレを見上げると、名無しさんは
「うん。」
と嬉しそうに微笑んだ。