短い夢@

□願懸け
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「…え?お、おい!エース!何やってんだっ!」

「うわぁ!名無しさん!やべぇ!」

「え?な、何?」
二人のただならぬ怒鳴り声に何事かと思って振り向くと、次の瞬間、

「きゃぁっ!!」
隣のテーブルにいたはずマルコに頭から思いっきりビールをかけられた。

「マ、マルコっ!ちょっ!」
マルコに抗議をしようと思ったら、なぜかイゾウ、エース、マルコは心底救われたという顔をして、がくりと肩を落とした。
かと思うと、

「エース!おまえはまた何をしでかしてくれるんだよいっ!」
とエースの頭にマルコの拳が落ちる。

「こりゃさすがに『不注意でした』ではすまされねぇな。」
頭を押さえてしゃがみこむエースにイゾウも冷たく言い放つ。
え?何?私にビールをぶっかけたマルコではなく、何でエースがゴン詰めされてんの?ってぽかんとして3人を見ていたら、マルコが私の方を見た。

「体は大丈夫か?ジョッキにそれなりの量が残ってて助かったよい。」

「え?」
いやいや。意味がわからない。それなりの量だからびしょ濡れなんですけど。どうしてくれんのよ。まだまだ飲み始めたばっかりなのに。着替えないわけにはいかないじゃない。

「助かったって…。」
意味わかんないんですけどっ!って文句を言おうとした瞬間、いつの間にか私の背後に立っていたイゾウが

「いくら相手が名無しさんだとは言え、髪は女の命ってぇからな…。こりゃひでぇ。」
と言った。
え?髪の毛?そう思って、ゆっくりと自分の右手で後頭部からゆっくりと髪の毛に沿って手を下ろすと、ビールで濡れた髪の毛が首の下あたりで急にモシャモシャと固い感触に変わったかと思うと、すぽんと抜けてしまった。

「え?」
びっくりして自分の手を見ると、そこには黒く焦げたすすのようなもの。私は慌てて両手で自分の頭を抱えるように触ると、指で髪の毛を梳いてみた。

「う…そ…。」
見事に両手とも、首の下あたりですぽっと指が抜け、手のひらに残るのはあの独特の匂いを放つすす。

「ごめん!!」
茫然とする私の横でエースが土下座する。

「ごめんですむかよい!半分以上燃えちまったじゃねぇか!!」

「マルコがビールをぶっかけてなけりゃ、顔を焼いててもおかしくねぇな。」
マルコもイゾウもいつになく冷たくエースに言い放つ。大騒ぎの隊長3人に野次馬が集まってきた。何となく状況を掴め出してきた私の耳に、野次馬たちの声が突き刺さる。

「げっ!おい!名無しさんさんの髪の毛!」

「えぇ?!名無しさん、ケガはねぇのかぁ?」
もうほぼ何が起きたのか理解できていた私は、最後の確認のためにゆっくりと窓に向かって歩いて、そこに移る自分の姿を確認した。

「…。」
予想はしてはいたものの。絶句、とはまさにこのことだろう。背中の真ん中くらいまで伸びていた私の髪の毛は、耳の下5センチくらいのところからなくなっていた。

とりあえず私は一旦シャワーを浴びると、美容師の資格を持っているナースの子に髪の毛を切りそろえてもらった。

「あら。ショートもなかなか似合うじゃない。」
と言ってにっこりと笑ってくれたが、私は苦笑いしかできなかった。
ナースたちの部屋から出てくると、そこにはマルコとイゾウを両脇に従えたエースが待ち構えていた。

「名無しさん!ごめん!ほんっとうに悪かった!!」
再びエースが土下座をする。

「あー…。とりあえず、奇跡的にけがはなかったから…。っていうか、マルコ、ありがとね。」
シャワーを浴びながら、その時やっとなんでマルコが私にビールをぶっかけたのかを理解した私は、マルコに礼を言った。

「手元にあるのがビールしかなくて悪かったよい。」

「ううん。何が起きたのかわからなくて、マルコに文句を言いそうになってたくらいだからね。一瞬とは言え、ふざけんなって思っちゃった。ごめんね。」
ハハッと笑って言ったが、相変わらず目の前の3隊長の表情は硬い。

「煮るなり焼くなり好きにしろ。いくらでも手伝ってやるぜ。」
今だ床におでこを擦り付けたままのエースの横で、イゾウが腕組をしながら言った。

「何ならしばらく飯抜きにしてやってもいいくらいだよい。」
マルコはそう言うと、土下座するエースの尻を後ろから蹴とばした。

「…。だから…。ケガしてないし、いいよ。」

「「「え?」」」

「イゾウも、心配してくれてありがとう。」

「あ、あぁ…。」

「なんか、疲れちゃったから、もう寝るよ。おやすみ。」
そう言って、片手をあげて自室に向かう。3隊長が目を丸くしていたのは知っていたけど、もうなんだかどうでもよくて私は自室に逃げ込んだ。

彼らのリアクションは十分に理解できた。
そう。いつもの私ならエースを半殺しにするか、或いは、ここぞとばかりに普通なら絶対に拒否られるような無理難題をエースに突きつけるだろう。この前だって、最後に食べようととっておいた私の大好きなハンバーグを横からつまみ食いした時には胸倉をつかんで投げ飛ばした。せっかく私が手伝ってやって、何とか一緒に終わらせた報告書を間違って燃やした時も海に投げ込んでやった(慌てて2番隊の奴らが回収に飛び込んでた)。今回のはそれ以上の仕返しをして余りある。
でも。

「はぁ…。こりゃ、神様のお告げですかねー。」
私は鏡の前でもう耳にすらかからない自分の髪の毛を見ながらつぶやいた。
そう。私は柄にもなく、願懸けをしていたのだ。
「もし、私の髪の毛が腰のところまで伸びたら」
そう思って、頑張っていたのだ。それなのに、こんな形で振り出しどころか最初よりも短くなってしまうなんて。
髪の毛なんてすぐ伸びる。また頑張ればいいって話もある。でも、なんだか「無理なんだから、やめときなよ」って言われてしまったような気がするのだ。
マルコへの恋心に気が付いた時、自分の気持ちを伝えるべきかどうか迷った。きっとマルコは私のことなんて女として見ていないから、好きだなんて言った日には腰を抜かすんじゃないかとも思った。でも、そんなときにふと思い出したマルコとの会話。

『髪の毛はきれいだよい。』

『…それ、嫌み?』

『いや。褒めてるんだろい。』

『褒めるなら、「髪の毛もきれいだよい」でしょ。』

『髪の毛もきれいだよい。』

『…髪の毛と、何?』

『おまえが食い終わった後の皿。』

『…犬か、私は。ってか、エースか?』
ほぼ周りの連中が酔いつぶれた中で、まったりと飲んでいた時にふいに言われたマルコからの言葉。きっとからかわれていたんだろう。でも、髪の毛をきれいだと言ってくれたのは嬉しかった。だから、マルコがきれいだと言ってくれた髪の毛が腰のあたりまで伸びた時に告白をしようと決めた。それまでしばらく時間があるから、少しずつ、できるだけ頑張ってみようと思った。今さら女らしくなんてなれない。でも。ちょっとくらい身ぎれいにするとか、マルコとの距離を縮めてみるとか、何かできることはあるんじゃないか、と自分に言い聞かせた。急にナースたちのようにお色気むんむんになれるとも思っていないし(一生無理だし)、何かを劇的に変えるつもりはなかったが、ある意味目標と言うか、告白する日の「期限」を設けることで、前向きになれるような気がした。
すでに髪の毛は長い方だったから、一年もかからないと思っていた。それからちょうど半年ほど。伸ばすと決めてから前より念入りに手入れするようになった髪の毛は、順調に伸びていた。そして、ちょうど数日前、書類仕事の手伝いをしていた時に言われたのだ。『やっぱり髪の毛は、きれいだよい。』って。
その時は照れもあって「あー、はいはい。あと、私のお皿もねー。」なんて言ったけど、本当は大声で叫びたいくらい嬉しかった。マルコは私の努力も気持ちも知るはずがないのにまるで「頑張れよ」って言われたように感じたのだ。
それなのに。

「はぁ。」
不思議とエースに対する怒りとか、或いは、悲しいとかそういう思いはあまり感じなかった。それよりも、なんだか現実を突き付けられたというか。もう一度チャレンジしても、また同じ結果になりそうな気さえした。エースが燃やさなくたって、間違ってビスタが切っちゃうとか、超ショックなことが起きて全部抜けちゃうとか。そう。今回あまりにもありえない方法で髪の毛が短くなってしまったからまた似たようなことが起きるのではと思ってしまう。しかも、よりによってそろそろ先が見えてきた頃だったから、私には「もう一回最初から頑張る」気力は微塵も残っていなかった。
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