短い夢@

□仙人ですか?
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「おいおい、なんだありゃ?」
サッチがそう言って見た先には、マルコの左腕にしっかりと抱きついたまま、マルコに完全に体重を預けて爆睡する名無しさん。

「何々?あいつら、そういう関係なの?」
というサッチの問いに、

「いや…。昨日は不寝番だった上に、今日は前線で大暴れしてたからさすがに疲れたんだろう。さっきまでご機嫌でマルコに自分の活躍を自慢してたと思ったら、急に静かになった。」
とジョズが説明をする。

「かなりのペースで飲んでたしねぇ。」
その横で飲んでいたイゾウがそう付け加えると、

「なるほどな。に、してもマルコの奴、美味しい状況なのに相変わらずのすまし顔かよ。」
とサッチが呆れたようにマルコを見た。
だが、そのサッチの発言にイゾウがニヤリと笑う。

「さぁて、あいつが内心どう思ってるのかはこっから見える表情だけじゃ判断できねぇと思うぜ。」

「…そうか?」
納得いかないサッチが首を傾げる。
と、そこでマルコがジョッキを口に運んだ。自分に寄り掛かる名無しさんを起こさないようにしているのか、なんだか動きがぎこちない。それを見て、サッチがジョッキ片手に立ち上がった。

「よぉ、マルコ。なんだか羨ましいことになってんじゃねぇか。」
マルコと名無しさんに歩み寄ったサッチが、そう言いながら二人の前にどかりと座ると、

「うるせぇよい。ってか、でけぇ声出すんじゃねぇよい。起きちまうだろうが。」
と言って、マルコは眼だけを動かしてサッチを睨んだ。
改めて二人の状況を見てみれば、名無しさんはかなりしっかりとマルコの腕に抱きついた状態。その腕を動かさないようにしているのはそれはそれでつらそうに見える。

「腕、きつくね?」

「…。」
サッチの問いに対して、マルコは無言のままなんとも微妙な顔をする。

「ずっとこうなのか?」

「…一時間くらいかねぃ。」

「全然起きそうにねぇな。腕、しびれてこねぇ?」

「…いや…。腕がしびれるってよりも…。」
そこまで言うと、マルコは大きくため息をついた。

「何だよ、その面は。何?実は困ってんの、おまえ?」
そうは言ったものの、一方でマルコがなるべく名無しさんを起こさないようにしていたことを思い出したサッチは、解放してほしいならたたき起こせばいいのに、と不思議に思う。いつも容赦なく名無しさんの頭をひっぱたいてるマルコだ。女だからって遠慮するとは思えない。

「起こすか?」
そう言ったサッチに、マルコは、

「あ、いや、別に大丈夫だい。」
と慌てて返事をする。

「何だよ、おまえ、どうしたんだ?」
ますます不思議に思ってそう言ったサッチに、

「オレにとっちゃ、拷問だい。」
とマルコが渋い顔をして答えた。

「は?」
わけがわからん、という顔をしたサッチに、マルコはもう一度大きなため息をついてから説明した。

「オレの腕に頬刷りしてくるわ、胸はがっつり押し付けられてるわ、どうしたって、手は太ももに触っちまうわ、ってこの状況、おまえだったら5分も持たねぇよい。」

「…。」
そう言われてもう一度目の前の状況を確認したサッチは

「あ…。そりゃ、きっついな。」
とは言ったものの、

「でも、名無しさんだったからよかったじゃねぇか。これが『ボンキュッボン』なナイスバディなおねぇちゃんだったら、オレは間違いなく瞬殺だぜ。」
と言って笑った。だが、そのサッチの発言に、マルコの眉間の皺がさらに深くなる。

「ったく、人の気も知らねぇで…。」
そうつぶやいたマルコに、

「あ?なんか言ったか?」
とサッチがと聞いたところで、名無しさんがもぞもぞと動き出した。

「ん…。」
と発せられた何とも言えない声に、サッチも(意外と色っぽいな)なんて、思う。
名無しさんは眼をつぶったまま、一度マルコの腕に絡めていた腕を緩めるが、まだまだ寝足りないのかもう一度ぎゅっとマルコの腕を抱きしめた。と、同時にマルコの顔が引きつる。だが、ずっと座っていてつらいのか、或いは、抱きしめるにはマルコの腕が細すぎるのか、なんだかしっくりこない様子で

「んん…。寒い…。」
と不満そうに眉間に皺を寄せながらマルコの腕を離した。
しびれを切らせたマルコが、

「おい。寒い、じゃねぇ。寝るなら自分の部屋に行けよい。」
と言いながら、倒れそうになる名無しさんの体を支えようと今まで抱き着かれていた左腕を名無しさんの肩に回した瞬間、名無しさんは両腕を伸ばしてマルコの胴体に抱き着いた。

「っ!!」
行き場を失ったマルコの腕が、床と平行に伸ばされたまま固まる。

「あったかーい…。」
はだけたシャツの間にある白髭海賊団の誇りに頬刷りをしながら、ぎゅっと抱き着く名無しさんに、マルコの思考は完全に停止した。サッチも目の前の光景に言葉を失う。
しばらくして、まるで機械仕掛けか何かのようにマルコがゆっくりと腕を下ろすと、自分に抱き着く名無しさんの背中にその腕を回した。

「…オレは頑張ったよな?」
まるで独り言のようにそう言ったマルコに、

「え?」
とサッチが聞き返すと、

「オレの努力と我慢は、おまえと、そっちで見てやがるイゾウとジョズが証明してくれるよな。」
と、マルコは自分に言い聞かせるように続けた。
やっと我に返ったサッチが、大きく頷いて

「ああ。おまえは頑張った。」
と言うと、マルコは素早く名無しさんの上半身を押し倒して回していた自分の左腕で支えると、右腕を名無しさんの膝の裏のあたりに差し込んで立ち上がった。

「ん…?」
体を大きく揺さぶられた名無しさんが一瞬身じろいだが、マルコの胸に寄り掛かって再び眠りに落ちると、

「後は任せたよい。」
と言って、マルコは名無しさんをお姫様抱っこしたまま船内へと消えて行った。

「あーあ。名無しさんちゃん、マルコに食われちゃうのねー。」
そう言いながら、イゾウとジョズのもとに戻ったサッチに、

「惚れた女にあんなことされて、手を出さねぇ方がおかしいだろ?」
と言ってイゾウが笑った。

「え?何?マルコ、そうなの?」
サッチが驚いてそう言うと、

「何だ、おまえ、知らなかったのかい?」
とイゾウが目を丸めながらキセルをふかした。

「だって、マルコの奴、何かと名無しさんには厳しかったじゃねぇか!とても女扱いしてるとは…。」
そうなのだ。「おい、周りをよく見ねぇで敵に突っ込んでんじゃねぇよい!」と言って頭をひっぱたいたり。「ほら、もっと食わねぇと戦闘中にぶっ倒れるよい!」と言ってご飯を山盛りよそったり。「そんなとこに行くから変なのにからまれんだろいっ!自業自得だ!」と言って小一時間も説教したり。
だが、改めてそれを振り返ったサッチが考える。

「…なるほどねぇ。」
そう言えば、マルコが名無しさんに対して激怒している時の大半は、名無しさんの身をあんじてのこと。特にここ最近でマルコが最高に機嫌を損ねたのは、それこそ名無しさんが上陸した島のチンピラにからまれて、服を破られた時だ。名無しさんだって腕っぷしはたつし、周りに他の仲間もいたから(名無しさんは隊長命令で一人で夜の繁華街を歩かせてもらえない)相手を完全につぶしたものの。戦闘中に服をが破れ、そのままの妙に色っぽい恰好でモビーに戻ったもんだから、マルコの頭に角が見えた気さえしたのだ。

「素直じゃねぇな、マルコちゃん。」
クククっと笑ったサッチに、

「そのマルコちゃんが、一時間の葛藤の末、とうとう素直に自分の本能に従ったんだ。」
とイゾウが言うと、

「ああ。暖かく見守ってやれ。」
とジョズがにニヤリと笑った。

「一時間か…。オレは絶対無理だな。仙人かよ、マルコ。」
マルコが消えて行った方向を見ながら、サッチは首を横に振っていた
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