短い夢@
□口内炎が治っても
1ページ/2ページ
「よぉ。どうだ?治ったかい?」
食堂で見つけた名無しさんにそう声をかけると、「ギロ」って音がしそうな勢いで睨みやがった。
「もう完治しましたっ!」
「そうかい。じゃ、『あれ』は効いたんだな。」
「し、知らないよっ!」
フンっと鼻息荒くそっぽを向く名無しさんに思わず笑っちまう。が、ふと名無しさんの目の前にある皿を見て思ったことを口にする。
「なんだい。おまえ、いつからそんな鶏の餌みたいなもん食うようになったんだよい。」
「頑張って野菜と果物も食べることにしたんですー。」
「…ほぅ。」
なるほど。口内炎対策かい。
もぐもぐと目の前の野菜を食べる姿はそれはそれでかわいいもんだが。
「ま、前も言ったが、またできたらいつでも呼べよい。」
そう言って頭をポンポンと叩くと
「呼ばないよっ!」
って思いっきり怒鳴りやがった。
比較的大きな島についた。
この島は親父の縄張りだったし、海軍支部からも離れていたから、オレは各隊に買い出しやら船の修理やらの指示を出した後、オレ自身も久々に街に出た。他の奴らも各々上陸して自由な時間を過ごしているようだった。
本当はもっとのんびりしたかったが、相変わらず大量の書類が待っていたから、オレは早めに船に戻ることにした。船に上がろうと上を見上げたところで、見知った背中を見つけた。いつもはとっとと船を降りてなかなか戻ってこねぇくせに、珍しいもんだ、と思って、
「もう戻ったのかい?」
と後ろから声をかけると、ぴくっと肩が反応した。
「う、うん。」
なぜか名無しさんは振り返らない。
急に歩くスピードを上げるから、不審に思ったオレは、名無しさんの腕を掴んだ。
「おい。」
「な、何っ!」
名無しさんは振り返るまいと腕を引いて抵抗する。なんかおかしい。ぐっと引っ張って、完全にこっちを向かせたところで、オレは息をのんだ。
「っ!」
名無しさんも気まずそうに俯く。
「誰にやられたんだよい。」
自分の口から出た声は思いのほか低かった。
「…ま、街のチンピラ、かな。」
まだ下を向く名無しさんの顎を掴むと、上を向かせた。頬は腫れ、唇が切れている。どう見たって「殴られました」だ。
「や、やられたまま帰ってきたんじゃないよ!ちゃんとリーダーみたいな奴に土下座させたからっ!」
名無しさんは慌てて奇妙な弁解をする。
「それに、私から吹っ掛けたんじゃないからねっ!ナースの子が絡まれて、逃がそうとした隙をつかれて殴られて…。ま、その、それでカッと来ちゃったから、ちょっと暴れすぎたかもしれないけど…。」
「アホ。」
そう言って、わざと切れた唇のあたりを指で押すと、名無しさんの顔が歪む。
「おまえから喧嘩を吹っ掛けるはずがないことも、やられたまま戻ってくるわけがねぇこともわかってらい。」
そう言って、顎を掴む指に力を入れると、
「痛いよっ!」
って文句を言うが。
「もうちょっと自分を大事にしろい。」
そう言って腫れた頬をそっと撫でると、名無しさんは眼を丸くした。そのまま頬に触れるか触れないかのところで青い炎を手に灯す。
「…ナースの子がケガするよりいいでしょ。」
「なんでだよい。」
「…私は戦闘員だし。」
「おまえだって女だろい。」
「何、それ。女は親父のために戦っちゃだめなの?」
名無しさんの腫れた頬がさらに膨らむ。
「そんなことは言ってねぇ。おまえはオレの大事な隊員だよい。頼りにしてる。」
「じゃぁ、ケガの一つや二つ…。」
「でも、おまえがケガをすんのは極力見たくねぇ。」
「…女だから?」
「違うよい。」
「でも、ほかの隊員にはこんなこと言わないんでしょ?」
「言わねぇな。」
「差別じゃん。私が女だから…「もし、」
オレはかざしていた炎を消すと、そっと傷を包むように名無しさんの頬に直接触れた。
「もし、オレの隊に他に女がいたとしても、オレはおまえにしかこんなことは言わねぇよい。」
名無しさんが首をかしげる。
「とりあえず、治療してやるから、ついてこいよい。」
「え?い、いいよ。ほっときゃ治るよ。」
オレは構わず名無しさんの腕を掴むと、自分の部屋に向かって歩き出した。
「ちょっと!マルコ!」
「その様子だと、口ん中も切れてそうだよい。」
「…え?」
「オレの部屋でしっかり治してやる。」
「え?え?ちょ、ちょっと、それって…。」
「言ったろい。他の奴にはこんなこと言わねぇ。もちろん、治療してやる気もねぇよい。」
「わ、私にもしなくていいよっ!」
「遠慮すんない。」
「遠慮じゃないよっ!ちょっと!」
部屋のドアを開けると、名無しさんを引っ張り込む。そのまま閉まったドアに押し付けて、見下ろすと、名無しさんは真っ赤な顔をしてオレを見上げた。もし、この顔が激怒りだったり、青ざめてたりしたらこれ以上はやめておこうと思っていたが、乱暴な口調とは裏腹にこいつにしては大人しい態度と潤んだ眼にオレは自分を止めるは必要ねぇと判断した。
「きれいな顔がもったいねぇ。」
そっと、痛くないように、切れた唇に口づけると
名無しさんはもう抵抗しなかった。
「だって、あいつら、白髭海賊団のナースだってわかっててからんできたんだよ。」
「ああ。」
そのまま唇を滑らせて腫れている頬にも触れる。
「親父を馬鹿にしてるようなもんだよ。ナースと一緒に逃げるなんてできないよ。」
唇を離して見下ろせば、名無しさんは不満そうに唇を尖らせてオレを見上げていた。
「別に売られた喧嘩を買うなとは言ってねぇよい。簡単に傷をつけて帰ってくんなってことと…。」
オレはゆっくりと親指で名無しさんの唇をなぞった。
「それでもケガしちまった時には…すぐにオレんとこに来いよい。」
名無しさんはしばらく無言のままオレをじっと見ると、
「わかった。」
と言って、いたずらっ子のようにニヤッと笑った。