短い夢@

□口内炎
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「マールコー!」
背後からトタトタと駆け寄る軽い足音とともにオレを呼ぶ声がする。

「なんだよい。」
どうせまた面倒くせぇ話なんじゃねぇかと、振り向きもせずに返事をすると、

「これ、これ!これ、治して!」
と言いいながら、名無しさんは自分の顎のあたりを指さした。

「あぁ?」

「吹き出物。痛いんだよ〜。」

「…。」
ジロッと名無しさんを横目で見降ろすと

「何、その不満そうな顔。」
と名無しさんも思いっきり不満そうな顔をする。

「オレの能力はそんなくだらねぇことのためにあるんじゃねぇよい。」

「何よっ!いいじゃない、別に減るもんでもないしっ!」

「くだらな過ぎて減りそうだよい。」

「いいじゃーん。すっごく気になるんだもん。」

「おまえ、この前も鼻の横にできたのを直してやっただろうがっ!」

「だからいいじゃん。もう一回。置いとくと気になって潰しちゃうんだもん。そしたら跡になっちゃうしさー。」

「そもそもおまえの不摂生が原因だろい。」

「ちょっと、海賊相手に不摂生をとがめないでよね。っていうか、何でマルコはあんなに寝不足でコーヒー飲んで、肌荒れしないのさ。」

「日頃の行いがいいんだよい。」

「ねぇ、ちょっとやってくれるだけで全然治りが違うからさー。」

「あーっ!うるさいよい!」
オレは立ち止まると、名無しさんに向き直った。
くいっと名無しさんの顎を上に向けると、赤く腫れた部分に手をかざす。
傍から見ればなんだか勘違いされそうな構図だよい、なんて思いながら

「終わったよい。」
と言うと、名無しさんはにこっと笑って

「ありがとう!」
と言った。

「ちょっと早く治るだけだ。潰したりいじりすぎたりしたら効果はなくなるぞ。」

「うん。わかってる!お礼にエースがため込んでる書類を回収してきてあげる!」

「へぇ。そりゃ助かるよい。」

「行ってきまーす!」
来た時と同じような軽い足音で甲板を駆けていく背中を見送ると、オレは自室へと戻った。
しばらくして、宣言通り、名無しさんはエースから書類の束を回収してやってきた。


そんなことがあった数週間後、オレはあくびをしながら食堂に向かっていた。
相変わらず仕事が山積みなのもあるが、ここ最近は敵襲が続いた。大した相手ではなかったから、オレが出るまでもなかったものの、どんなに相手が弱くても勝てば宴会になるもんだから、連日飲みが続いていたのだ。
コーヒーでも飲まねぇとやってらんねぇよい…。
そう思いながら食堂の扉を開けると、だだっ広い食堂の真ん中にポツンと一人先客がいた。

「…なんだよい、そのふくれっ面は。」
不機嫌そうに頬杖をつく名無しさんにそう声をかけると、名無しさんは眼だけを動かしてこっちを見た。

「二日酔い。」
なるほど。

「コーヒー、おまえも飲むかい?」
そう言いながら名無しさんの横を通りすぎてキッチンに向かう。

「いるー。」
というだらけ切った返事が後ろから戻ってきたから、

「おーい。濃い目のコーヒーを2つ頼むよい。」
とキッチンに声をかければ、

「わかりました、マルコ隊長!」
と返事が返ってきた。
恐らく4番隊のベテラン組も大半が二日酔いで、下っ端にキッチンを任せて寝てるんだろう。
そのまま座らずにキッチン横で待っていると、案の定若い隊員が

「お待たせしました。」
と言ってマグカップ二つを差し出した。
それを持って名無しさんの前に座ると、

「ありがとー。」
と言いながら名無しさんがマグカップに手を伸ばした。

「あんな雑魚に勝ったくらいで騒ぎすぎなんだよ。」

「一緒になって騒いだから今グロッキーなんだろうが、おまえは。」

「だって、エースが飲み比べしようとか言うから。ヤダって言ったのにサッチも面白がってけしかけるし。」

「そりゃご愁傷様だよい。」
そういやぁ、昨日大騒ぎしてた一角があったな、なんて思いながらコーヒーを飲む。

「しかもね、口内炎が痛くって。」

「ん?」

「ここんとこ飲み続きでしょ?でっかい口内炎ができちゃってさぁ。」

「絵にかいたような不摂生だよい。」

「だよねー。痛いんだよ、これが。」
そう言った名無しさんが何かに気が付いたように顔を上げた。

「ねぇ、口内炎も治せる?」

「あ?」

「この前の吹き出物みたいに。」

「…おまえなぁ…。」

「外側からじゃ効果ないかな?」

「口の中の治療なんて、したことないよい。」

「この辺なんやよねー。」
名無しさんは大きく口を開けて口の中、右頬の内側を指さす。
おいおい。そんなんどうやって治せって…と思ったところでオレはふっとひらめいた。

「どこだ?見えねぇよい。」
そう言ってテーブルに乗り出すと、名無しさんもオレに見えやすいようにと体を前に寄せてきた。
オレはすかさず名無しさんの後頭部をぐっと引き寄せると、噛みつくように名無しさんの口をふさいだ。

「むぅっ!む…。」
名無しさんは両手をテーブルに突っ張って、オレから離れようとするが、オレはがっちりと名無しさんの後頭部を抑え込んで逃がさない。そのまま舌を突っ込んで名無しさんの右頬内側あたりを舐めると、周りとはちょっと違う感触の部分があった。そこを何回か舌でなぞると、名無しさんがビクッと体を震わせて、眉間に皺を寄せた。
ついでに上の歯の歯茎のあたりを舌で撫でると名無しさんの体がまたビクッと反応した。
今のは痛いって反応とは違うな、なんて思いながら、ゆっくりと口を離す。名無しさんは真っ赤な顔をして口をパクパクさせていた。

「オレの再生の炎は全身からでるんだよい。」

「だ、だ、だからってっ…。そ、外側からじゃ効果ないのって聞いたじゃんっ!」

「それはわからねぇが、内側からの方が効くに決まってるだろい?」

「でも、何でっ!」

「指突っ込むのもそれはそれでエロいよなぁ。」

「な、な、何言って…。」

「明日になっても治ってなかったらまたしてやるよい。」

「ば、ば、馬鹿マルコっ!」
オレはクスクス笑いながら、空になったマグカップを二つ持って

「別に減るもんでもないし、いいだろい。」
と言いながら立ち上がると、キッチンにマグを返してから食堂を出た。
後ろで

「減るよ!馬鹿っ!」
って声がしたが、あんな真っ赤な顔で何言ったって何の説得力もねぇ。
あいつの口内炎が長引けばいいのに、と思いながら、オレは自室に戻った。
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