短い夢@

□故郷の味
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(なんだ?この匂いは…?)
書類の山一つを片付けて、コーヒーでも飲むかとキッチンに向かえば、変わった匂いが漂ってきた。食欲をそそるいい匂いではあるが、何の料理だかさっぱりわからない。
そもそも…。

「4番隊は非番じゃねぇのかよい。」
上陸中の今日は4番隊は非番だから、晩飯は各々何とかしろという指示を出してある。キッチンに人はいるはずねぇ。ましてや料理をするなんて。
不思議に思いながらキッチンのドアを開けると、目の前にはさらに不思議な光景が広がった。
ガスコンロのところで料理をする後ろ姿と、その後ろに座ってそいつに話しかけるイゾウ。
キッチンにイゾウってのは違和感ありありだ。
ここまでで十分に摩訶不思議な状況だってのに、料理人の正体に気が付いたオレは自分の目を疑った。

「何やってんだよい。」

「ん?」

「あ?」
名無しさんとイゾウが同時に振り返った。

「何って、料理?」

「オレらが手合わせしてるように見えるなら、一度医者にその目ん玉をしっかり見てもらった方がいいな。」

「いやいや。老眼が始まったんじゃない?」

「うるせぇよい。老眼ってのは近くのもんが見えなくなるもんだよい。」

「さすが。経験者はよく知ってるね〜。イテッ!ちょっと!火使ってんだから危ないでしょっ!」
相変わらず減らず口な名無しさんの頭をどつくと、オレは棚からマグカップとインスタントコーヒーを取り出した。

「何だ、何かの実験かよい?」
どうしても名無しさんが料理をしているという現実を受け止められずにオレがそう言うと、イゾウがくくくっと笑って

「料理だよ。」
と答えた。
一方の名無しさんは無言。どうやら無視を決め込んだらしい。

「…見たことない料理だねぃ。変わった匂いがするよい。」

「ああ。ワノ国の料理だ。」

「…なるほど。」
そう言えば名無しさんはワノ国の出身だ。イゾウと違ってワノ国の服を着たりしねぇから時々そんなことを忘れちまうが。
オレはポットから熱湯を注ぐと、マグカップに口をつけながらイゾウの横に座った。

「お待たせ!金目鯛の煮つけとだし巻き卵。あと、ほうれん草のお浸し。」
そう言って名無しさんがオレらの前に皿を並べた。

「そして…お味噌汁!!」

「うまそうだな。」
イゾウが目を輝かせる。珍しいこともあるもんだ。

「でしょ?金目鯛もいいのがあったしね。でも、一番は味噌だね。まさかこんなところで見つけるとは思わなかった。」
茶碗によそった白米を二つ並べると、

「「いただきます。」」
とイゾウと名無しさんが声をそろえて手を合わせた。

「どう?味、薄くない?」

「ちょうどいい。うまい。」
まるで夫婦のような会話に何だかもやっとするが、二人とも本当にうまそうに食っている。いつもはナイフとフォークを使っているのに、どこかから箸まで用意したようだ。

「うまそうに食うな。」

「食べてみる?」
名無しさんがそう言って首をかしげると、持っていた箸をオレに差し出した。

「どれ。」
オレは目の前にあった「金目鯛の煮つけ」とやらを一口口にいれてみた。

「…へぇ。うまいよい。」

「ほんと?」
名無しさんはオレから受け取りながら首をかしげる。

「私たちは食べなれたものだから美味しいけど…マルコもいける?」

「ああ。うまい。酒がのみたくなるよい。」

「ははっ。確かにな。」

「おまえら、いつもこんなことしてんのか?」

「時々ね。ワノ国の食材を手に入れたり、どーしても食べたくなったりするとね。ね、イゾウ?」

「ああ。ちょっと前にこいつが作ろうと思うから一緒に食べないかって誘ってくれてな。最初は名無しさんの料理なんて、かなり覚悟しないと食えねぇって思ったんだが…。」

「ちょっと。イゾウ、何、それ。」

「確かになぁ。こいつが料理なんて、オレも自分の目を疑ったよい。」

「イゾウ、マルコ。これ以上食わせねぇ。食ったもんも吐き出せ。」

「だろ?でも、うまいんだよ、これが。」
名無しさんの文句を無視してイゾウは「ほうれん草のお浸し」を小皿に移すと、そばにあった醤油をかける。

「これは味噌汁ってのかい?」
お椀に入ったスープのようなものを指させば、名無しさんが口の中に入った飯をもぐもぐやりながら、無言でそのお椀をオレの方に突き出した。オレはそのお椀を持ち上げると、ずずっとその中身をすすった。

「…うまい。」

「マルコが和食を気に入るなんて意外。」
そう言いながら、名無しさんが箸で器用に魚を取り分けて口に運ぶ。

「味噌はまだ残ってんのかい?」
イゾウがそう聞くと、

「うん。店のを買い占めちゃった。味噌は冷凍しても大丈夫だから、サッチにちょっと置かせてもらってる。」
と名無しさんが答えた。

「へぇ…。」
オレはこの「味噌汁」とやらが気に入った。もし、貴重なもんならこれ以上頂いちまうのは申し訳ないかと思ったが、どうやらまだ作れるだけの材料がると聞いて、もう一度名無しさんのお椀に手を伸ばした。

「何?マルコは味噌汁が気に入ったの?」

「ああ。なんだかほっとする味だよい。」

「お。わかってるねぇ。」
自分の故郷の味を褒められてイゾウが嬉しそうにする。

「なぁ、名無しさん。」

「ん?」

「今度はオレのために味噌汁を作ってくれよい。」

「え?」

「うぐっ。」
なぜか名無しさんはオレを見て固まった。イゾウもむせて咳き込んでいる。

「どうしたよい?」
涙目のイゾウがどんどんと自分の胸を叩いて自身を落ち着かせると、なぜか名無しさんと顔を見合わせた。
名無しさんは大きく息を吐きだすと、

「そ、そうね。また今度作ってあげるよ。」
と言ったが、なんだか様子がおかしい。
イゾウは

「さすがはマルコだな。何も知らねぇでこんなセリフを吐くとは、やっぱり天性のたらしだな。」
と言ってにやりと笑う。

「は?一体何の話だよい?」
わけがわからずそう言ったが、イゾウはククッと笑うだけで何も答えない。一方の名無しさんは心臓に悪いだのなんだの、ぶつぶつ言っている。一体何が起きたのか気になったものの、なんだか面倒臭くなったオレは、コーヒーを飲み干すと自分の部屋に戻った。
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