短い夢A

□そういやぁ、女だった
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翌朝、朝食を食べるためにマルコが食堂で座ろうとした瞬間、ガッシャーンと大きな音がした。

「す、すまん!落ち着け!オレが悪かった!!」
まるで悲鳴のような叫び声にマルコが振り返ると、床に座りこんだままずりずりと後ずさるラクヨウが視界に入った。

「おい…。」
マルコが声をかけようとした瞬間、ラクヨウが吹っ飛んで壁にぶつかった。場合によっては喧嘩の仲裁を、と思ったマルコは、蹴りを入れた人物を見て動きを止めた。

「元気になったみてぇだな。」
マルコがそう声をかけると、名無しさんがくるりと後ろを向いた。

「うん。お陰様で。昨日はありがとう。」
つい先ほどまでラクヨウに見せていた表情とは天と地との差ほどありそうなさわやかな笑顔を見せると、名無しさんは席について朝食を食べ始めた。名無しさんの目の前の皿にサラダやらソーセージが山盛りになっているのを確認すると、マルコは笑いながら

「今度は食い過ぎて腹壊すんじゃねぇぞ。」
と言って、自身も朝食を食べるべく、席についた。




数か月後。
マルコが上陸した島で白ひげに頼まれた用事を済ませてから街を歩いていると、喫茶店の窓際に座って外を眺める名無しさんを見つけた。ぼんやりと外を見ていたかと思うと、店員が来たのか顔を上げる。次の瞬間、名無しさんが満面の笑みで目を輝かせたかと思うと、巨大なパフェが名無しさんの目の前に置かれた。

(…。腹の調子はいいみてぇだよい。)
呆れたようにその様子を見ていたマルコは、一度はそのまま喫茶店を通り過ぎようとしたものの、考え直して足を止めると、くるりと踵を返してその喫茶店に入った。

「そのでけぇのを一人で平らげる気かい?」
そうマルコが声をかけると、スプーンを咥えた名無しさんが振り返った。マルコはニヤリと笑うとそのまま名無しさんの前に座った。

「コーヒー、一つ追加してくれよい。」
カウンターに寄り掛かる店員に手を挙げてそう言うと、マルコは生クリームに突き刺さるパイナップルを摘まんで口に入れた。

「うめぇな。」

「でしょ?ここの島のフルーツ、とっても美味しいの。」
そう言われて改めて巨大なパフェを見れば、様々な果物が刺さっている。マルコがご機嫌でパフェにスプーンを突っ込む名無しさんをチラリと見る。こじゃれたスウィーツを目の前に嬉しそうにする姿はどう見ても「女」だが、

(高額懸賞金の敵を相手にする時も、こんな顔してなかったか?)
と思ったマルコは、目の前に置かれたコーヒーカップに手を伸ばした。

「その後、調子はどうだい?」
コーヒーを飲みながらマルコがそう言うと、名無しさんはもぐもぐと咀嚼しながら不思議そうにマルコを見た。

「腹だよい。」
マルコの答えに名無しさんは、「ああ」と気が付いたような顔をして、口の中のものとゴクリと飲み込んだ。

「その後は大丈夫。もともとそんなに重くないから。ほんと、あの時だけだよ。」

「そうかい。じゃ、やっぱり冷えたのがダメだったのか?」

「うん…。それしか考えられないかな…。疲れてたり体調悪かったりするとちょっと痛いこともあったけど、あそこまでのは初めてだったからね…。」
なるほど、という顔をしながらマルコはコーヒーカップを置くと、まるで酒のつまみでもつつくように今度はパフェに刺さるバナナをつまんだ。

「男のオレには全く理解できねぇが…。ナースたちの話を聞くと、面倒だろうな、とは思うよい。」
スプーンで生クリームをすくった名無しさんは、マルコをチラリと見ると、困ったように微笑んだ。

「重い子は本当に重いからね。それで言うと、個人差がすごいから、同じ女でも全然違うし。そう言う意味では、私はまだラッキーなのかな。」
すくった生クリームを口に入れると、名無しさんはしばらくの間黙々と目の前のパフェと対峙していた。マルコも、ゆっくりとコーヒーを飲む。パフェが三分の一くらいの高さになったところで、名無しさんが戸惑いがちに口を開いた。

「生理の時は特にそうだけど…。男に生まれたかったなって、いつも思う。」
窓の外をぼんやりと眺めていたマルコは、視線を名無しさんに戻した。名無しさんは、目の前のパフェを見ながら苦笑いをしていた。

「私が男だったら、きっと、もっと強いよね。」

「…さぁな…。おまえより弱い男もたくさんいるからな。」

「でも、今の私が男なら、もっと体も大きくてもっと力もあると思わない?」
同意を求める名無しさんが顔をあげてマルコを見る。一方のマルコは、窓の外を見ながら、

「男のおまえが、女だからって人一倍努力している今のおまえと同じ努力をするかどうかはわからねぇからな。それこそ持って生まれた身体能力が高かったら、そこに甘えるかもしれねぇしなぁ。」
と言った。

「…。」
名無しさんは無言のままマルコの横顔を見つめる。

「今より体がでかくて、筋力もあるとなると、おまえの一番の売りのスピードは維持できねぇかもしれねぇ。そもそも、女のままでもオレより強い奴もいる。今のおまえが悪魔の実を食べたら、物によっちゃぁオレより強くなるかもしれねぇしな。男になったら、なんて単純なもんじゃねぇよい。」
反論はしないものの、名無しさんの唇は不満気にへの字に曲げられていた。マルコは窓の外から手元のコーヒーカップに視線を移すと、

「とは言え、男所帯の中で女であることでいろいろ不利益を被ってるってのはわからなくはねぇがな。」
と言って、名無しさんと視線を合わせた。優しい笑顔で自分を見るマルコに、名無しさんは思わず用意していた反論を飲み込んだ。

「それに、あのオヤジの溺愛ぶりを見てると、女のおまえが羨ましいこともあるよい。」
ニヤリと笑うマルコをポカンと見ていた名無しさんは、自分を膝に乗せて大笑いしながら酒を飲む白ひげを思い出すと、思わずふっと微笑んだ。と、同時に、改めてマルコが自分の努力とその結果の強さ、スピードをここまで評価してくれていることに驚いた。前線に飛び込む自分を止めたりしないから、それなりには信頼してくれているだろうとは思っていたが、面と向かって「頼りにしている」とか「任せた」と言われたことはなかった。マルコは手元のソーサーに乗っていたティースプーンを取ると、パフェをすくって口に入れた。

「クリームもうめぇよい。」
満足そうにうなずくと、マルコはスプーンを置いてコーヒーカップを口に運んだ。マルコのその動きを確認した名無しさんは、再びパフェにスプーンを突っ込んで、残りを食べ始めた。

「それに…。」
カップを置いたマルコは、

「オレ的にはおまえが男だったら困るよい。」
と言って再び窓の外を眺めた。

「…なんで?」
全く理由がわからない名無しさんがそう聞くが、マルコは黙ったまま外を見ている。

(…私が女だからって何か役に立ったことってあったっけ?まぁ、強いて言えば仲間が喧嘩した時の仲裁とか、女の私が入ったほうがいい時もあったりしなくもないけど…。)
いろいろ考えながら、パフェの最後の一口を口に入れると、名無しさんはスプーンを置いてから、かなりぬるくなってしまったコーヒーを飲み干した。

「お。完食したな。じゃ、行くか。」

「え?あ、うん。」
食べ終わったからもうこの場にいる必要はないし、確かに店を出るつもりではあるものの。当然のように一緒に店を出ようとするマルコを名無しさんが不思議そうに見ると、マルコは店員に声をかけて会計を済ませようとしている。慌てて自分の食べた分を出そうとしたところで、

「構わねぇよい。」
と言われてしまった名無しさんは、素直に財布を引っ込めながらも立て続けのマルコの意味不明な言動に困惑する。店を出てポケットに手を突っ込んで歩くマルコの横に並んだ名無しさんの頭にはいろいろ言いたいことが浮かんだ。「なんで奢ってくれたの?」とか、「どこ行くの?」とか。でも、取り敢えず、一番気になっていたことから口にした。

「ねぇ。なんで私が男だと困るの?」
そう問いかけた名無しさんを、マルコが片眉をあげて見下ろす。

「わからねぇかい?」

「…うん。なんか女だってことで役にたったことあったっけ?…え?」
考え込む名無しさんの体が急にかかった強い力でバランスを崩しそうになる。慌てて顔をあげると、目の前にマルコの顔が迫っていた。

「え?っ!!」
唇に押し付けられた柔らかい感触に驚いて絶句していると、

「こういうことだよい。」
と言ったマルコがニヤリと笑った。

「オレは男には興味ねぇからな。女じゃなけりゃ困るよい。」
マルコを凝視する名無しさんは、引きつった顔のまま、

「ふ、ふ、ふ、ふざけんなぁっ!」
と怒鳴ったが、マルコは涼しい顔で

「ま、パフェ代はこれでチャラにしてやるよい。」
と言った。そんなマルコに名無しさんは渾身の蹴りを入れようとしたが、

「おっと。」
といって、マルコはその素早い蹴りを交わす。ますますいら立つ名無しさんの

「私はそんなに安くねぇっ!」
と叫んだ声が、にぎやかな繁華街に響いた。
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