短い夢@

□触れる口実
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朝食を食い終わると、ナース長が声をかけてきた。ナース長について部屋に入ると、今回の件に関わっていたナースたちが緊張した面持ちで並んでいた。

「あ、あの…。名無しさんの容態は…?」
恐る恐る聞いてきたナースは、時々名無しさんと一緒に出掛けたり飯を食ったりしている奴だった。

「左腕の橈骨骨折と顔面及び腹部打撲だ。」
オレがそう答えると、全員の顔が引きつった。

「実は治安の悪い島だって話はわざわざみんなを集めて話したわよね?なんであんなところに行ったのか、経緯を話してちょうだい。」
いつになく厳しい口調でナース長が追及する。改めて全員の顔を確認すれば、最近オレのところへちょくちょくやって来ていた新人ナースもいた。

(…買い出しの時もいたよな?抗生剤のやり取りの件も、気を付けたほうがいいって言われたことも直接聞いてたんじゃねぇのかい…。)
そんなことを考えながら、ぽつりぽつりと説明される経緯に耳を傾ける。
水商売の女から占い師の話を聞いたこと(水商売の女がいるようなところにナースたちだけでいるのがいただけねぇ)、その占い師が裏路地にいるらしいから用心棒として名無しさんに声をかけたこと(「裏路地」って言葉が出た段階で却下だろい)、名無しさんが危ないと思ったらすぐに引き返すという話だったこと(あたり前だよい)、そして、実際に名無しさんが引き返そうと言ったのに先に進んじまったこと(論外だ)。順を追って説明される内容にオレは沸々とこみ上げる怒りを抑えるのに必死だった。

「あり得ないわね。」
ナース長も呆れたように自分の部下たちを睨んだ。それまで黙って聞いていたオレも、我慢できなかった。

「海軍がいるとか、余程の危険がねぇ限りオレたちは隊員に注意喚起をしねぇ。自分の身も守れねぇようじゃこの船じゃ足手まといだからな。それに、特に注意なんかしなくても、自分の実力がわかっているから、やべぇと思うようなところには近づかねぇ。頼まれでもしねぇ限りな。」
最後のオレのセリフに、何人かのナースが居心地悪そうに体を揺らした。

「特にオレの隊員は…女だからって甘えたことは言わねぇ。守らなきゃならねぇと思ったら自分を犠牲にしてでも守りに行く。自分がケガをしたら、それは自分の力が足りねぇからだとしか考えねぇ。戦えもしねぇのに危ねぇ場所に行こうなんて言う奴らに原因があるとは思わねぇんだよい。」
終始下を向いたままのナース達にそう言い放つと、オレは部屋を後にした。



医務室に戻ると、名無しさんは起きていた。熱を確認すると平熱に戻っていた。

「飯、食えるか?」
そう聞くと、

「うん。お腹すいた。」
という返事が返ってきた。食欲があるのはいいこった。

「どうする?ここに運ばせるか?」
別に病人じゃねぇし、左腕の骨折なら、食堂で飯を食うのも問題はないとは思ったが、もしかしたら殴られて腫れちまった顔をさらすのは嫌かもしれねぇと確認すると

「ううん。大丈夫。食堂に行くよ。」
と言って名無しさんがベッドから起き上がった。

「昨日みてぇに抱えて行ってやろうか?」
立ち上がった名無しさんの頭を撫でながらオレがそう冗談を言うと、

「い、いいよ。」
と顔を赤らめながら尖らせて言った唇にそっと口づけた。



数日もすれば名無しさんは顔の腫れも引いたし、すぐに左腕の使えない生活に慣れたから、オレが横につきそう必要もあまりなかったんだが、まぁ、航海が順調で暇だったことと、オレのものになった嬉しさもあって、ほぼずっと側にいた。オレとしてはもう前みてぇにからかう名目でバシバシ頭をひっぱたく必要もなくなったから、必然的に叩く回数が減ってただけなんだが、どうやら周りの連中はそうは思わなかったらしい。名無しさんが骨折してから1週間くらいたった頃、1番隊の若ぇ連中が、

「マルコ隊長、名無しさんさんのお世話、オレたちに任せてくださいよ。」

「そうっすよ。ずっと隊長にやらせてて申し訳ないっす。」
なんて言うもんだから、オレは言葉に詰まっちまった。

「たまにはゆっくり一人で飯食ってくださいよ。」

「あー、何だ、その…。てめぇの女がケガしてたら世話すんのは当たり前だろい。おまえらにあんまりベタベタ触ってもらいたくもねぇしな。」

「…?」

「は?」
オレの言葉に、今度は隊員たちが固まった。しばらく黙ったままオレの顔をじっと見たかと思うと、

「…え?そういうことなんっすか?」

「いや、た、確かにお世話にしちゃぁ、ちょっと近ぇな、とは思ったけど…。」
と言って、お互いに顔を見合わせた。

「なーんだ。お呼びじゃなかったんっすね〜。」

「知らねぇ間に見せつけられてたってわけ?」

「隊長も隅に置けないっすね〜。」

「それを言うなら名無しさんだろ?モテモテのマルコ隊長を射止めたんだからよ。」

「いや〜。失礼しました〜。」
とワイワイと言いながら去っていく隊員たちオレはを苦笑いで見送った。


一方、例のオレにつきまとってた新人ナースはあれっきりぱったりと姿を見せなくなった。さすがにあんなことがあっても従来通りにオレに声をかけてきたらその神経を疑うが、どうしても必要に迫られてオレに話しかけてくる時も、以前のようなにこやかさは皆無だった。まぁ、嫌われちゃいねぇんだろうが、怖がられてはいるな、とは思った。ナース相手にも遠慮がなかった昔を知ってる古株ナースたちの態度はあまり変わらなかったが、この新人を含めた最近加入した奴らは完全にオレにビビっちまったらしい。名無しさんにも同じことを指摘された。だが、立場上ナースたちには気をつかって穏やかに接していただけで、オレとしては今の方が断然楽だ。だから、これが本来のオレだと告げると、大きな猫みてぇにオレの膝に頭を乗っけていた名無しさんはなんだか微妙な顔をしてオレを見上げた。

「なんだよい。その顔は。」
そう言って軽く頭を叩くが、相変わらず名無しさんは膝の上からオレを見上げたまま

「何が『本来のオレ』なのかわかんないよ。」
と言った。

「あ?」
わかんねぇも何も、本来のオレってのはビシバシ隊員をしごいて、荒くれどもをまとめ上げて、敵を容赦なくなぎ倒す海賊だ。強面だって自覚もある。頑張って愛想ふりまくのは本来のオレじゃねぇだろい。そう思って「何が言いてぇんだよい」と言おうとした瞬間だった。

「私は怖いマルコ隊長も、意地悪なマルコ隊長も、優しいマルコ隊長も全部好きだよ。」
と言って、にっこりとオレを見上げる名無しさんに、オレは閉口した。そして、ふと、「惚れた女に膝枕をしながらその頭をずっと撫でてた」自分の状況を客観的に受け止めてみる。

「そうかい。」
と、とりあえず言ったものの。自分でも「本来のオレ」が何なのかよくわからねぇな、と思ったことは名無しさんには言えねぇ。
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