短い夢@

□触れる口実
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大した奴らじゃなかった。そもそも、それなりの奴らじゃねぇと隊長がほぼ勢ぞろいした状態のオレ達とまともに戦えるはずもねぇ。所詮、小さな島で大した敵も相手にせずにふんぞり返っている海賊崩れの奴らなんざ、本気を出すまでもなかった。
だが、オレを含めた隊長たちの怒りは凄まじかったから、いつもなら多少はする手加減もなく、コテンパンに叩き潰した。名無しさんに馬乗りになっていた奴はオレが壁に頭を叩きつけたからか、そもそもアジトにはいなかった。あれで死んじまったのか、或いは、どこか別のところで手当てを受けているのかもわからなかった。だが、名無しさんの腕を踏みつけていた肩を負傷している奴はすぐに見つけることができた。奴らのアジトになっていた酒場に乗り込むと、そいつはすぐにオレに気がついて逃げ出そうとした。変身してとっ捕まえると「あの女たちがオレたちの縄張りに入ってきた」だの「あの女が白ひげ海賊団だとは知らなかったんだ」だのと言い訳を言っていたが、取り敢えず左腕をへし折った。だが、そいつがその場で泣きながら土下座を始めたもんだから、オレは馬鹿らしくなってそいつの顔を蹴とばしてから、リーダーと思しき男を取り囲む仲間の元に向かった。もはや周りの取り巻きもその辺に転がるか逃げ出しちまった状態で、リーダーは抵抗もしなかった。聞いてもいえねぇのに抗生剤はただで持って行っていいとまで言い出した。やっぱりこいつらが裏で店を脅していたらしい。一通り叩き潰したことと、あまりの手ごたえのなさに馬鹿らしくなったオレたちは、それ以上は暴れることなくその酒場を後にした。酒場を出ると、隊長たちの気迫に押されて完全に乗り遅れた1番隊の隊員たちが、茫然とオレたちを見ていた。


モビーに戻ると、オレはまっすぐに医務室に向かった。医務室のドアを開けようとした瞬間、ドアが開いてオヤジが出てきた。

「戻ったか。」

「ああ。」
静かにドアを閉めたオヤジは眉間に皺を寄せてため息をついた。

「大事な娘に傷を負わせやがって…。きちっとケジメをつけさせたんだろうな。」

「ああ。」
オレの返事に、オヤジは一瞬口を開きかけたが、無言のままオレをじっと見ると、

「ついててやれ。」
と言ってオレの肩に手を置いた。

「そのつもりだよい。」
オレがそう答えると、オヤジはニヤリと笑ってその場を去った。

静かに眠る名無しさんを見下ろす。やっぱりさっきよりほっぺたが腫れてきちまったようだ。オレはスツールをベッドに引き寄せて座ると、名無しさんの頬に手をかざした。痣や腫れが消えるわけじゃねぇが、何もせずにはいられなかった。
しばらく再生の炎を当てた後、オレはスツールに座ったまま名無しさんの横で仮眠を取った。


物音がしたような気がして目を開けるとベッドに横たわる名無しさんがオレを見上げていた。窓の外がまだ薄暗かった。きっと痛み止めが切れたから起きちまったんだろう。痛いかと聞くと、「ちょっと」という控えめな返事が返ってきた。痛みに関するこいつの「ちょっと」は当てにならねぇ。オレはすぐに痛み止めの薬を手に取った。体を起こして錠剤を飲む名無しさんの顔は腫れていた。オレの顔が歪んだのを見たのか、どうしたのか、と言わんばかりの表情でオレを見上げる名無しさんに手を伸ばすと再生の炎を灯してその腫れぼったい唇にそっと触れた。思えばいつも触れてみてぇと思ってたこいつの唇に昨日初めて触れた。だが、それは血を拭うためだった。今回も不本意な形で触れることになった痛々しい唇に、

「やっぱり腫れちまったな。」
と言うと、

「もしかして、すごい顔してる?」
と言って名無しさんがニヤッと笑った。オレを心配させないための空元気だろう。いつもならそれを受けてこっちも冗談で返すが、今はとてもじゃねぇがそんな気持ちにはなれなかった。

「綺麗な顔に傷つけやがって…。」
今までも戦闘でケガをしたこともあった。だが、男たちに押し倒されていた場面を思い出すと、再び怒りが込み上げてきた。あんなことになる前に、顔にこんな傷を作る前にオレが駆け付けられていれば。そんなオレの後悔をよそに、名無しさんは珍しくオレがからかったりしねぇで綺麗だなんて言ったからか、慌てて

「すぐに治るよ。もともと傷だらけなんだし。叩かれたのがナースたちじゃなくてよかったよ。」
と苦笑いしながら言った。「叩かれたのがナースたちじゃなくてよかった」と言われて、オレはぐっと胃袋を掴まれたような感覚を覚えた。こいつの言いてぇことはよくわかる。名無しさんは戦闘員としての誇りがあるし、ナースは守るべき存在だ。だが、オレとしては全く受け入れられなかった。オレは名無しさんの自尊心を傷つけねぇように言葉を選びながら自分の気持ちを伝えた。隊員として実力を認めていること。女だからなんて思ったことはねぇこと。今回も、大人数相手にしっかりナースを守ったこと。それでも。それでも、やっぱり名無しさんは女であって、男なら直面しねぇようなリスクがあること。そして、惚れているからこそ、オレとしては名無しさんに自分自身を大事にして欲しいということをわかってもらいたかった。

「惚れた女をこんな目に合わせちまった自分が情けねぇよい。」
そう告げると、名無しさんは

「マ、マルコ隊長は悪くないよっ!…え?あ、え?」
と言って驚いたようにオレを見た。

「ナースじゃなくてよかったなんて言わねぇでくれ。オレはおまえが傷つくのを見たくねぇ。」

「…うん。」
そう返事をすると名無しさんは神妙な顔をしてうつむいた。傷ついて欲しくねぇと思うオレの気持ちを理解してくれたのかと思う一方、オレの告白に困っちまったんじゃねぇかと不安になる。

「こんな情けねぇ奴に好きだなんて言われても迷惑かい?」
もし、迷惑なら笑い飛ばしてもらおうと「おまえにその気がねぇなら忘れてもらって構わねぇよい」そう言おうとした瞬間だった。

「な、情けなくないしっ!それに、その、私も、す、好きだよ。」
慌ててそう言った名無しさんに、今度はオレが驚いて名無しさんを凝視しちまった。

「って、言うか、てっきりマルコ隊長は、それこそ、ナースたちみたいな女らしい子が好きなのかと思ってたから…。すぐに頭叩いたり、ほっぺたつねったりするし…。」
そう言ってうつむいた名無しさんの手を握る。

「おまえくらいがっつり反抗してもらわねぇと面白くねぇんだよい。まぁ…理由をつけて触りたかっただけだけどな。」
ナースとの扱いの差を指摘されて、ちょっとやり過ぎちまったかと反省した。ナース達への対応がよそ行きの物であって、オレとしてはこいつとのやり取りが「素」なんだが。ムキになって反撃してくるのが面白れぇってのもあったが、実は周りの奴らに対する牽制もあった。

「オレ以外の男には触らせたくねぇのによい…。」
そう言いながら、そっと腫れた頬に触れる。殴るどころか本当は指一本触れさせたくなかった。再び守れなかったことを後悔していると、

「そんな顔、しないでよ。大丈夫だから。」
と言った名無しさんの手が、名無しさんの頬に触れるオレの手に重なった。痛ぇのはこいつのはずなのに、まるでオレをいたわるように微笑む名無しさんにオレの胸が熱くなる。オレの手に重なった手を握ると、そっと、名無しさんに口づけた。早く痛みが引くように、早く元のきれいな顔に戻るように祈りながら、傷にそっと唇を寄せる。目を閉じてオレにされるがままの名無しさんの細い首に触れた時だった。

「熱が出てきちまったみたいだな。」

首に手を押し当てて確認する。ちょっと熱すぎる。今度は額に手を置いて確認すると、明らかに平熱じゃねぇ。

「骨折すると熱が出ちまうことがある。すぐに下がるとは思うけどよい。」
驚く名無しさんを不安にさせねぇようにそう言うと、まだ朝も早かったことを思い出す。こういう時はとにかく寝るに限る。オレは名無しさんに寝るように伝えると、ベッドに横たわるのを手伝った。だが、せっかく触れた手を離す気になれなくて、まるでガキを寝かしつけるように名無しさんの頭を撫でた。

「隊長?」
もう眠そうな顔をしながら名無しさんがオレを呼んだ。

「ん?」

「私、マルコ隊長の手、好きだよ。」

「…そうかい。」
穏やかな微笑みをたたえたまま、再び聞こえた寝息に、思わずオレは微笑んだ。好きだと言ってくれた手で何度か頭を撫でると、そっとその額に口づけた。オレ自身もそのまま1時間ほど仮眠をとると、名無しさんを起こさねぇように医務室を出た。
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