短い夢@

□触れる口実
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表向きは比較的治安が良さそうに見えたこの島は、実は元は海賊だった男を中心に裏で暗躍している連中がいることがわかった。例の抗生剤の件も、船乗りたちがよく買うのをわかっていてわざと高い値段設定にしているようだ。街でその値段で売るように島民に強要し、みかじめ料を取っているらしい。

(とは言え、なぁ…。)
何をいくらで売るかは売り手の自由だ。高すぎだってんなら買うな、と言われりゃそれまでだ。次の島で買えばいい。どうしても必要なら、高かろうが何だろうが買うしかねぇ。

「敢えてもめ事を起こさねぇで言い値で買っても、高いっていちゃもんつけんのも、どっちも微妙なんだよなぁ…。」
そして、在庫が全くねぇわけでもねぇから、買わなくてもなんとかなるっちゃぁなるんだが…。事実を確かめに行って、島民のために戦うってのも面倒くせぇ。オレらは別に正義の味方でもなんでもねぇ。
こんなことを考えながら、どこかで昼飯でも食おうと街を歩いている時だった。

「ん?」
誰かに呼ばれたような気がして振り向くと、うちのナース数名が走ってくる。

(なんだ?)

「はぁ、はぁ…。マ、マルコ隊長っ!、た、大変ですっ!」

「名無しさんがっ!」

(名無しさん?!)

「どうしたっ?」

「男たちにからまれてっ、わ、私たちを逃がして、一人で…。」

「っ!どこだ!」

「こっちですっ!」
先を走るナースを追って行くと、表通りから裏通りに入っていった。さらに細い道に入ろうとしたところで、オレは

「おいっ!この先なのか?」
と後ろから声をかけた。オレを誘導していたナースは振り向いて

「はい。」
と答えた。オレの眉間に皺が寄ったのを確認したのか、気まずそうな顔になる。

「ナース長から注意されてたんじゃねぇのかい。」

「は、はい…。そ、その…。」
言い訳でもするつもりだったのか、話を続けようとするナースを遮ると、

「ここから先はオレ一人で行く。入り組んでそうだから中で迷うかもしれねぇ。すぐにモビーに戻って援軍を呼んでこい。」
と伝えた。

「は、はいっ!」
はじかれた様に駆け出したナースを確認すると、オレは変身して裏路地に飛び込んだ。

(建物の中に連れ込まれちまったら探すのが大変だ…。)
細い路地の両側にいくつものドアがあるのを見て焦る。片っ端からドアを蹴破るしかねぇかと思った瞬間、先の方で男の声がした気がした。オレは大急ぎで声がした方向に向かって飛んだ。角を曲がったところで視界に入ったのは、5,6人の男たちの背中。何かを取り囲むように並んで、地面を見下ろしている。何かを引き裂くような音がしたかと思うと、

「おい、舌噛まねぇように口にこれ突っ込んどけ。」
という声がして、周りにいた奴らが品のねぇ笑い声をあげた。声をかけようと一歩踏み出した瞬間、男たちの足の間から、見覚えのあるダガーを握る腕とそれを踏みつける足が見えた。

「っ!!」
頭に一気に血が上る。男たちの背中めがけて駆け出した瞬間、一人が気が付いて振り向いた。

「何だ?」
まずは振り向いた男を蹴り飛ばす。その音で男たちが一斉に振り返った。4,5人殴ったところで、名無しさんの上に馬乗りになる男と目が合った。名無しさんを離れてオレに突進してきたそいつの頭を片手で受け止めると、壁に思いっきり後頭部を叩きつけた。それを見て名無しさんの腕を踏んでいた肩を負傷している男は、そのまま後ずさって逃げ出した。一瞬、男を追いかけようかと思ったが、オレはすぐに目の前にうずくまる名無しさんに駆け寄った。

「名無しさんっ!」
何とか自力で起き上がった名無しさんの体を、オレは思わず抱きしめていた。下着をつけてはいたが、着ていたTシャツは引き裂かれ、肩で息をする姿にオレは怒りで叫び出したくなった。

「マル、コ、たいちょ…。」
か細い声を絞り出した瞬間、名無しさんは声を上げて泣き出した。泣くのを我慢しようとすればするほど、苦しそうにしゃくりあげる。

「遅くなってすまねぇ。もう、大丈夫だよい。」
何とか安心させたくて、そう言いながらオレにすがってくるその背中をさすってやると、少し落ち着いたようだった。顔が見たくてそっと覗き込めば、明らかに殴られたように赤くなった頬と、切れた唇。思わずそっと傷に触れると、名無しさんはオレの指についた血を見て驚いたようだった。オレは着ていたシャツを脱いで名無しさんの肩にかけた。そのシャツを右手でたぐり寄せる姿に、違和感を感じる。

「左腕、どうした?」
そう言った後、肩を怪我した男に踏まれていたことを思い出す。

「折れてるのか?」
黙って頷く名無しさんに、新たな怒りがこみ上げる。逃がさずに半殺しにしてやりゃぁよかったと後悔する。思わず口から出そうになった悪態を抑え込むと、オレは名無しさんを抱きかかえて立ち上がった。

「あ、歩けるよ。」
慌ててそう言った名無しさんに、

「いいから、大人しくしとけよい。」
と告げたところで、後ろから

「名無しさん!」
と言う声が聞こえた。きっとナースが寄こした援軍だろう。サッチを先頭に、エースとビスタ、一番隊の面々が駆け付けた。名無しさんの状況を見たサッチの表情が強張る。

「あいつらっ…。」
怒りで漏れ出るサッチからの覇気で肌がピリピリする。

「その辺に転がってる奴らからアジトを聞き出せ。」
そう告げると、サッチは無言でうなずいた。それを確認したオレは、まずは名無しさんの手当のためにモビーに戻ることにした。この状態の名無しさんをあまり人目にさらしたくはなかったが、折れた左腕が振動で痛むのを避けたくて細心の注意を払って歩いた。モビーの下まで来ると、オレに助けを求めてきたナースたちが駆け寄ってきた。泣きそうな顔で謝罪をしてはいるが、こいつらが名無しさんがこんな目にあった原因なのかと思うと怒りしかねぇ。早く医務室に名無しさんを運びたくて

「邪魔だ。」
と言うと、ナースたちは黙って道を開けた。
痛々しい名無しさんを見たナース長がテキパキと指示を出す中、オレは殴られた顔と折れた腕を治療する準備を始めた。さっきまで名無しさんが来ていたオレのシャツが机の上に置かれたのを視界の片隅で確認すると、それを羽織ってベッドに座る名無しさんと向き合う。ナース長がきれいに拭った後の名無しさんの顔は腫れ始めていた。明日になったらさらに腫れるだろう。一時的とは言え、変形しちまった顔は女にとっては痛み以上につれぇんだろう。だが、次に自分が与えることになる痛みはこんなものとは比べ物にならねぇはずだ。

「ちょっと痛ぇかもしれねぇが、我慢してくれ。」
そう言うと、名無しさんに考える間を与えずに折れた腕を引っ張った。

「うっ!」
痛みで漏れるうめき声に申し訳ねぇ気持ちでいっぱいだったが、次の痛みを感じる前に素早く添え木を包帯で固定する。もう痛いことはしねぇと告げると、安堵からか名無しさんからため息が漏れた。文句を言わず耐えた名無しさんの頭を撫でてから、残りの処置を済ませてナース長にもう大丈夫だと告げた。

「少しは痛みが引いてきたかい?」
そろそろ薬が効くだろうとそう声をかければ、

「うん。」
という小さな声がベッドから返ってきた。とりあえず、目の前の苦痛は取り除けたことに少しほっとしたオレは、改めて名無しさんの頬を確認した。

「きっと腫れちまうな。」
と言ったオレに名無しさんは苦笑いしながら首を振ると、

「…助けてくれてありがとう。」
と礼を言ってくれた。だが、オレとしてはもっと早く助けに行ければという後悔しかねぇ。

「すまねぇ。もっと早くに着いてりゃ…。」

「ううん。これくらいで済んだのはマルコ隊長のおかげだよ。それに…。私がもっと早くみんなに引き返すように言えばよかったのに…。」
名無しさんの言葉に、「いや、ナースたちは、そもそも裏路地に近づくなって言われてたんだ。それを守らなかったあいつらと、それをおまえに伝えていなかったオレが悪ぃ。」と言いそうになって、オレはこれ以上余計な心配を名無しさんにかけさせるべきではないと考え直した。

「今は余計なことは考えなくていい。とにかく、ゆっくり休めよい。」
それだけ告げると、そっと名無しさんの頭を撫でる。オレの手に安堵の表情を浮かべる名無しさんが目を閉じると、しばらくして穏やかな寝息が聞こえてきた。

(オレがちゃんと伝えていれば…。)
名無しさんの眠るベッドの横に座ったまま、オレは後悔しかなかった。あの日、名無しさんとの買い出しを終えてナースたちの話を聞いた後、オレの隊員たちにもナースから聞いた情報を伝えるべきか迷った。リスクは先に伝えておくべきだ。だが、普段敢えて「女」扱いをしないようにしているこいつらだけをわざわざ招集して「気をつけろ」と言うのもなんか引っかかった。もし、偶然見かけたら声をかけようとは思っていたが、結局その機会がなかった。

「すまねぇ…。」
そう寝顔につぶやいたところで医務室のドアをノックする音がした。返事をすると、サッチが入ってきた。

「アジトがわかった。」
そう言うと、サッチは寝ている名無しさんをチラリと見て顔をしかめた。

「可愛そうに…。可愛い顔が台無しだぜ…。」
そう言ってそっと名無しさんの頭を撫でた。

「どうやらこの島の裏でいろいろと暗躍してる奴ららしい。」

「…そうかい。」

「ここを空っぽにするわけにはいかねぇから、ナミュールとアトモスは残るが、他はみんなやる気満々だ。」

「行くぞ。」
オレがそう言って立ち上がると

「叩き潰してやる。」
とサッチが怒気をはらんだ声で言った。
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