短い夢@

□触れる口実
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サッチがうちの女子どもと得意気に話をしてやがる。きっと、また何か女が好きそうな甘い物でも差し入れてご機嫌を取ってるんだろうと思えば、案の定、絶対に男たちの前には出さねぇようなこじゃれた大皿が名無しさんの前に置いてあった。

「おいおい。そうやってサッチを甘やかすんじゃねぇよい。また調子に乗るだろうが。」
そう言いながら名無しさんの横に座る。

「え?何?オレがこいつらを甘やかしてるんじゃねぇの?」
ヘラヘラと笑うサッチを無視して、オレも皿からパイナップルを摘まんでいると、

「ナースたちはいいの?」
と名無しさんがオレに声をかけてきた。若者は若者に任せたと伝えると、名無しさんは自分を年寄り扱いするなと文句を言う。いつものようにごちゃごちゃ言うちっちぇ頭を押さえつけたところで、何人かの隊員がこっちの輪に入ってきた。そこから始まる「いつもの1番隊飲み」に差し入れを持ってきただけのはずのサッチも加わって皆楽しそうに騒ぎ出した。
名無しさんを含むオレの隊の女たちはみんな気のいいやつらだ。オレは女だからってこいつらを特別扱いする気はねぇし、少なくともオレの隊の中では女だからって隊員たちが差別するようなことを許しちゃいねぇ。こいつらもそれをわかってくれているのか、変に媚びたり女を武器にしたりはしねぇし、実力で対等に扱ってもらおうと自ら努力しているのをオレは知っている。別にナースたちが媚びているとか、努力をしていねぇと言う気はねぇ。だが、やっぱり戦闘員として常に危険と隣合わせの状況にあるこいつらとは危機感が違う。汗だく血まみれになって、傷を恐れずに戦うこいつらと、危険とは離れた場所でオヤジやオレたちのサポートをするのは全く違うんだ。

「全く、同じ女だとは思えねぇよい。」
オレは隣にあったオレの半分しかねぇんじゃねぇかってくらい小さい頭を鷲掴みにした。腕も細けりゃ体も小せぇこいつらが、オヤジのために敵に突っ込んでいく姿にオレは常に心の中で敬意を表している。口をへの字に曲げてオレの手を振り払う名無しさんを頼もしく思いながら、オレは仲間が注いでくれた酒を煽った。
わいわいと楽しく飲んでいたが、横に座っている名無しさんが妙に大人しい。そう気が付いた瞬間、名無しさんが立ち上がった。浮かない顔をしていたような気もするが、トイレまでついて行くわけにもいかねぇ。海に落ちるなとだけ注意をして、また仲間たちの会話の輪に戻った。隊員の一人が、オヤジの昔話を聞かせて欲しいなんて言うもんだから、気分よくロジャーと戦った時の話をし終えた時だった。

(…ん?名無しさんは戻ってねぇのか?)
まさかナースたちの輪にいるのだろうかとあたりを見回したが名無しさんの姿はどこにもなかった。さすがに本当に海に落ちるなんてことはねぇとは思ったが、なんか少し元気がなさそうにも見えたし、もしかしたら眠くて寝ちまったのだろうかと思った。

(…体調でも悪かったのか?珍しいこともあるもんだ…。)
せっかくあいつの隣に座ったのにと少し残念に思ったが、またもオヤジの話を催促されてオレは仲間の輪に戻った。


その日以降、名無しさんの様子に違和感を抱いた。元気がないというかなんというか。いつものようにからかってもノリが悪ぃ。あからさまに嫌そうな顔をするとか、不機嫌になるわけじゃねぇが、なんか控えめだ。それに、気が付くとため息をついたり、ぼんやりとしていることが多い気がした。
何かがあったんじゃねぇかと心配になったオレは、上陸時の買い出しにかこつけて名無しさんに声をかけた。しばらく一緒に歩いていても、微妙にテンションが低い気がする以外は体調が悪いわけでもなさそうだった。

「最近大人しいじゃねぇか。なんかあったか?」
そう直球を投げてみると、名無しさんは一瞬戸惑ったような表情を見せた。だが、すぐに

「そう?いつもどおりじゃない?」
と言うと、前を向いちまった。過去に似たようなことがあった時は、「女だからって見下してくる奴がいる」とか「ここ最近ポーカーで負けが込んでて金がない」なんて理由がすぐに本人の口から返ってきた。或いは、敵襲の時にミスをして仲間に負担をかけた時は名無しさんに説明されなくてもそのことが原因で落ち込んでいるのをオレは知っていた。だから、やっぱり何かおかしいと思うものの、何も語らない名無しさんにイマイチ納得できなかったが、

「そうかい。」
とだけ答えると、男には言いにくい類の悩みなのかもしれねぇし、ただ単に月のもんとかで体調が悪いのかもしれねぇと自分に言い聞かせて買い出しを続けた。


あくまで名無しさんを誘う口実だったはずのその買い出しは、思いの外大荷物になっちまった。

「重い…。」
仏頂面で文句を言う名無しさんに、内心申し訳なく思いながらも、

「だから荷物持ちが必要だって言ったろい。」
とさも当然のように言うと、仏頂面の下唇がさらに突き出された。それでも、さっきまでの買い物では荷物が重くなるかもしれねぇと買う量を調整しようとしたオレに「別にいいよ。面倒だから買っちゃおうよ。」なんて言ったのはこいつだし、実はオレの持つ荷物が極端に重くならねぇように気にかけてくれてもいるから、つくづく素直じゃねぇな、なんて思っちまう。

「休憩もかねて、飯でも食うか?」
オレがそう言うと、下唇が引っ込んだ。

「たまには奢ってやるよい。」
いつもは叩いてばかりの頭にそっと手を置くと、名無しさんがきょとんとしたままオレを見上げた。豪快に酒を飲んで笑う顔も、まっすぐに敵を見据える凛々しい顔も好きだが、たまに見せる無防備なこんな顔もなかなかいい。ぽんぽんと触れると、照れているのか唇が変んな形に曲がる。
「店を探しに行こうかい。」と言おうとした瞬間だった。

「マルコ隊長。」
声をかけられて顔をあげると、うちのナース数名が立っていた。

「お疲れ様です。こんなところで会うなんて、奇遇ですね。」

「おぅ。医薬品の買い出しだよい。」
そう言ってから、そう言えばこのナースは今回の買い出し担当だったと思い出す。

「ちょうどよかった。私たちも買い出しに来てたんですが、ちょっと確認してもらいたいものがあるんです。」
そう言われて広げられた袋の中身を確認する。求めていたものと全く同じものが見つけられずこれでよかったかと聞かれて確認をする。

「ああ。基本的には問題ねぇはずだ。」
そう答えると、「よかった」と言った後ナースが険しい顔をした。

「実は…。抗生剤を買おうと思ったのですが、法外な値段を言われたんです。」

「抗生剤?そんなもん、どこにでもあるだろい?」

「ええ。どこの島でも売ってるものです。相場からあまりにかけ離れているのでどういうことかって聞いたんですが…。どうやら、ここを仕切ってる奴らが元締めになってるみたいで、その値段でしか売れないって言うんです。」

「…なんだい、そりゃ…。誰もが必ず買うものだから足元見てるってことかい?」

「そうかもしれません。ちょっと高すぎるので今回は買わなかったんですが…。」

「わかったよい。まだ時間はある。ちょっと調べてみるよい。」

「すみません。助かります。あと、その抗生剤の事を教えてくれた薬局のおじさんに言われたんですが、その元締めの奴ら、いろいろと問題を起こしているらしくて…。『あんたたちみたいな若い女の子だけで歩くのは気をつけたほうがいい』って言われたんです。」

「そうかい…。表面上はそんなに治安が悪ぃ様には見えなかったが…。その抗生剤の話といい、ちょっと気を付けたほうがいいな。」

「はい。ナース長にも報告して、ナース全体に注意喚起しておきます。」
オレが頷いたところで話がひと段落したのを確認したのか、横にいた別のナースが

「マルコ隊長、もし、よかったらこの後みんなで晩御飯でも食べに行きません?」
と聞いてきた。

(…できれば名無しさんと二人でゆっくりしてぇけどなぁ…。)
そう思いながら、名無しさんの意見を聞こうと振り向くと、名無しさんの姿がない。

「…ん?名無しさんはどうした?」

「荷物が重いから先に帰るって、ちょっと前にモビーに向かいました。」

「は?そうなのかい?!」

(おいおい。さすがにオレだってずっとあれを全部持たせておくつもりはなかったよいっ!)
慌ててモビーの方を見るが、当然名無しさんの姿はもうない。

「誘ってもらって悪ぃが、名無しさんに任せっきりじゃ申し訳ねぇ。オレも戻るよい。ほら、おまえらの荷物もよこせ。」

「いいんですか?」

「大した量じゃねぇ。それより、さっきの話もある。あまり変な所に行くんじゃねぇぞ。」
ナースたちの買い出しの品を受け取りながらそう言うと、

「わかりました。表通りは大丈夫らしいので、そこから離れないように気を付けます。」
とナースたちの顔が引き締まった。

モビーに戻ると、名無しさんが運んできたと思しき荷物が医務室に置いてあったが、名無しさんの姿はどこにもなかった。

(女部屋か、或いは、飯食いに出て行っちまったのか…?)
仕方なく、オレは重い荷物を運ばせちまったことを詫びるのは明日以降にすることにして、モビーで適当に晩飯を済ませた。
だが、例のナースから聞いた抗生剤の一件で島を走り回ることになったオレは、そこから数日、名無しさんに会わなかった。
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