短い夢@

□いろんな隊長
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現実を見たくなくて、涙を抑え込みたくて、ぎゅっと目をつぶった時だった。何とも言えない威圧感を全身で感じた。

「何だ!?」

「うわぁっ!」
男たちの叫び声に続いて、何かがドンっとたたきつけられるような音がいくつも聞こえた。恐る恐る目を開いて顔を横に向けると、涙越しに青い光が見えた。
そこからはあっという間だった。マルコ隊長は無言のまま次々と男たちを蹴り飛ばしていった。私の上に乗っていた男がマルコ隊長に向かって行ったが、隊長は男の額を鷲掴みにすると、そのままレンガの壁に後頭部を叩きつけた。ゴンっという嫌な音がして、男はずるずると崩れ落ちた。私は何とか体を起こすと、動く右手で口の中の布を取り出して咳き込んだ。折れた左腕が痛い。乱れた呼吸で声を出すこともできず、茫然とあたりを見回すと、意識のない男たちがゴロゴロと転がる間をぬって、まだ意識のある奴らがばらばらと逃げ出した。

「名無しさんっ!」
駆け寄ったマルコ隊長が私をぎゅっと抱きしめた。

「マル、コ、たいちょ…。」
何とか声を絞り出した瞬間、一気に体から力が抜けて、涙がぼろぼろと溢れた。泣くなんてみっともないと思いながらも、恐怖と安堵が入り混じって涙を抑えることができない。嗚咽をあげながら、動く右腕でマルコ隊長にしがみ付くと、

「遅くなってすまねぇ。もう、大丈夫だよい。」
と言いながら、隊長は私を落ち着かせるように背中をさすってくれた。やっと呼吸が落ち着いたところで、マルコ隊長は体を引いて私の顔を覗き込んだ。即座にその顔が歪む。きっと叩かれた私の頬を見たのだろう。マルコ隊長の指が私の口元に触れた。その指に赤いものがついたのを見て、初めて唇が切れていることに気が付いた。険しい顔のままマルコ隊長が着ていたシャツを脱いで私の肩にかけたところで再び眉間に皺が寄った。

「左腕、どうした?」
私が口を開く前に

「折れてるのか?」
ときかれて、私は頷いた。まるで自分自身が痛むかのようにマルコ隊長の顔が歪む。何か言おうとしたが、口をつぐんでしまったマルコ隊長はそのまま私を抱きかかえるようにして立ち上がった。

「あ、歩けるよ。」

「いいから、大人しくしとけよい。」

「名無しさん!」
バタバタという足音とともに名前を呼ばれてマルコ隊長の肩越しに視線を移すと、サッチ隊長とエース、ビスタ隊長が走ってきた。その後ろには1番隊の仲間も続いている。サッチ隊長は私の姿を見るなり、

「あいつらっ…。」
と怒りの形相になる。

「その辺に転がってる奴らからアジトを聞き出せ。」
聞いたこともないようなドスの効いた声でマルコ隊長がそう言うと、サッチ隊長は無言で頷いた。

マルコ隊長は振動で私の左腕が痛まないように気を使いながら、そのまま私を抱きかかえてモビーに戻った。モビーに近づくと、先に逃げたナースたちが駆け寄ってきた。

「名無しさん!大丈夫?」

「ごめんねっ!、ごめんねっ!あの時すぐに引き返せば…。」
ナース達は半分泣きながら謝罪の言葉を述べてくれたが、そんなナースたちにマルコ隊長が低い声で

「邪魔だ。」
と言い放つと、顔を引きつらせたナース達は黙って道を開けた。
医務室に着くと、マルコ隊長はベッドに私を下ろした。私を見て驚いたナース長がすぐに冷やしたタオルで顔を拭ってくれた。同時に近くにいた別のナースに私の着替えを取りに行くように指示を出す。ナース長に手伝われながら破れた服を着替え終わると、マルコ隊長がベッドの横のスツールに座って私の左腕に触れた。

「ちょっと痛ぇかもしれねぇが、我慢してくれ。」
そう言うと、折れた私の腕を引っ張った。

「うっ!」
激痛に思わずうめき声が漏れると、マルコ隊長は伸ばした腕に添え木を添えて包帯を巻きだした。

「もう痛ぇことはしねぇよい。」
そう言って申し訳なさそうに微笑むと、残りの包帯を巻いていく。思わずため息を漏らすと、ポンポンとマルコ隊長の手が頭に乗った。その後、殴られた顔を冷やしたり、鎮痛剤らしき薬を飲んだりした後、ひと段落したのか、隊長がナース長に、

「あとはオレ一人で大丈夫だよい。」
と声をかけると、ナース長は静かに医務室を出て行った。

「少しは痛みが引いてきたかい?」
言われてみれば、薬が効いてきたのか少し腕の痛みが楽になった気がする。

「うん。」
ベッドに横たわったままそう答えると、マルコ隊長の顔が少し緩む。隊長は手を伸ばして、ズレたタオルを私の頬にあて直すと、

「きっと腫れちまうな。」
と言った。私はゆっくりと首を横に振った。

「…助けてくれてありがとう。」

「すまねぇ。もっと早くに着いてりゃ…。」

「ううん。これくらいで済んだのはマルコ隊長のおかげだよ。それに…。私がもっと早くみんなに引き返すように言えばよかったのに…。」
そこまで言うと、マルコ隊長は

「今は余計なことは考えなくていい。とにかく、ゆっくり休めよい。」
と言って、私の頭を撫でた。まるでそれを合図にするように、私は一気に眠気に襲われた。極度の緊張から解放された安堵感と薬のせいかもしれなかった。目を閉じた後も、しばらく頭の上に乗っていたマルコ隊長の手が心地よかった。

その後、うとうとしながら、いろんな夢を見た。誰かが入ってきて、ぼそぼそと低い声で会話をすると、「行くぞ」というマルコ隊長の声の後に、「叩き潰してやる」というサッチ隊長の声が続いた。若い女の人の声がして「ごめんね」と囁くように言っていた。大きな影が私の上にかかったかと思うと「大事な娘に傷をつけやがって…」という低い声が聞こえて暖かい大きな手で頭を撫でられた。
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