短い夢@

□海賊だろっ!
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(結局ほとんど眠れなかったよい…。)
寝不足のまま食堂で朝飯を食う。食欲がねぇのは寝不足だけが原因じゃねぇ。遅れてやってきた名無しさんに、どうも意識がいっちまう。周りにいる男どもが話しかけるたびに、こいつらは名無しさんに気があるんじゃねぇかと勘ぐっちまう。思わず盛大にため息をつくと、近くに座る隊員が

「どうしたんっすか?マルコ隊長。顔色悪いっすよ?」
と心配そうにオレに声をかけた。

「別になんもねぇよい。大丈夫だ。」
取り敢えずそう返事をすると、オレは無理やり目の前の食べ物を口に突っ込んだ。


次の上陸の際の見張り当番は1番隊だったから、そのシフトを決めるために打ち合わせをすることになっていた。オレは寝不足の上に無理やり食べた朝食のせいで気分が最悪だった。

「えっと…。次の上陸は2週間くらいって話だったんで…。」
隊員が役割分担について話をしているが、全く頭に入ってこねぇ。基本的には任せておいて大丈夫だから、ほとんど上の空で聞いていた。

「じゃ、そんな感じで。いいですか?マルコ隊長。」
名無しさんにそう言われて

「ああ。」
とだけ返事をすると、隊員たちは立ち上がって部屋を後にした。

「マルコ隊長?」

「あ?」
完全に気を抜いていたところで声をかけられたオレが、顔を上げると、目の前に名無しさんが立っていた。名無しさんはオレを見下ろすと、

「大丈夫ですか?」
と言った。なんでそんなことを言われるのか理解できず、無言のままでいると、

「具合が悪そうです。」
と心配そうに眉間に皺を寄せて名無しさんが言った。

「あ…。」

(おまえのせいだよい。なんて、言えるわけねぇな。)

「ちょっと、寝不足かもしれねぇな。」

「そうですか…。熱とかはないですか?」

「それはねぇと思うよい。この後は特に予定もねぇし、ちょっと自分の部屋で昼寝でもするよい。」
オレはそう言って立ち上がった。

「心配してくれてありがとよい。」
そう言ってから、無意識にオレは手をあげていた。だが、その手で名無しさんの頭に触れる前に、はっと気が付いて手を止めた。明らかにおかしな動きをしたオレを名無しさんが不思議そうに見た。

「隊長?本当に、大丈夫ですか?」

「ああ…。」
思わずオレは自分の額を抑えると、

「寝てくるよい。」
とだけ言って、その場を後にした。

人間、寝なきゃならねぇと思うと寝れねぇもんだ。ベッドの中でごろごろするばっかりでなかなか寝付けねぇ。考えるのは名無しさんの事ばかりだが、これからどうすべきかもわからねぇまま、今ここに名無しさんがいてくれたらどれだけいいだろうか、なんて現実逃避をしちまう。きっとあいつを抱き枕にすれば、いい夢が見られるのに。そんな妄想に没頭しそうになって、ふと時計を見ればもう晩飯の時間が近かった。

昼飯を食ってなかったから、腹は減ってはいたのだが。空腹に任せて飯をかきこんだら、なんだか一気に満腹になっちまった。

(…食えねぇなんて、歳か?)
思わずそんな自虐的なことを考えていると、

「あれ?マルコ、もう食わねぇのか?」
といつも他人の食い物を狙ってるエースが声をかけてきたもんだから、

「ああ。食ってもらって構わねぇよい。」
と言うと、

「やったっ!頂きっ!」
とエースが嬉しそうにオレの皿の肉にフォークを突き刺した。思わずため息をついてから、何となく顔を上げると、オレを心配そうに見る名無しさんと目があった。きっと名無しさんに「大丈夫ですか?」と言われるだろうと察したオレは、慌てて視線を逸らすと、立ち上がって食堂を出た。
もうオレのことは諦めて、気持ちを切り替えると言っていた名無しさんが、オレを心配してくれるのは素直に嬉しかった。だが、一方で、別にオレじゃなくてもあいつは心配すんじゃねぇか、とか、むしろ、ふっきれちまったから「普通」に接してくるんじゃねぇか、とか、余計なことを考えちまう。結果、そんな名無しさんに対して、どう反応をしたらいいのかわからねぇ。

「くそっ!飲まなきゃやってらんねぇよいっ!」
適度に酔えば眠れるだろう。そんなことを思ったオレは、酒蔵から持てるだけの酒瓶を持ってくると、自室でやけ酒を煽った。
持ってきた酒も大分空になったころ、ドアをノックする音が聞こえたような気がした。

(…ったく、誰だよい…。)
一瞬無視しようかとも思ったが、それもどうかと思いドアを開けると、そこに立っていたのは名無しさんだった。

「夜分、すみません。今日話をしたシフト、早めに見てもらった方がいいかと思って…。」

「ああ…。」
どうやら思った以上に飲んだらしい。一瞬ふらついて、壁にもたれるように肩をつけると、名無しさんが

「隊長?大丈夫ですか…?って、お酒?」
と眉間に皺を寄せた。

「ああ。ちょっと飲んでたからよい。」

「飲んでたって…。あんまり体調がよくないんじゃなかったんですか?飲んで大丈夫なの?」

「問題ねぇよい。」
名無しさんは呆れたようにオレを見上げると、

「…シフトの話はできなさそうですね。また明日改めます。」
と言って、ドアを閉めようとした。

「なぁ。」
オレは閉まりそうになるドアを手で押さえると、名無しさんの手首を掴んで部屋の中に引っ張り込んだ。

「オレは隊長だからよい。隊員はみんな平等に扱わなきゃならねぇ。誰かを特別扱いするわけにはいかねぇ。」

「え?マ、マルコ隊長?」
キョトンとしてオレを見上げる名無しさんに、オレはもう自分の気持ちを抑えられなかった。そのまま抱きしめると、名無しさんはオレが酔ってふらついたと思ったのか

「隊長?だ、大丈夫ですか?」
と言ってオレを受け止めた。

「だから、いくらおまえのことが好きでもつきあうわけにはいかねぇんだよい。」

「え?隊長、一体何を…。」

「そうやってオレは自分の気持ちを抑え込んでるのに、おまえはさっさとオレから別の男に乗り換えるのかい?」
抱きしめる腕に力をこめる。

「な、何を…。」

「オレは頑張って我慢してんのになんでおまえはオレに告白しちまうんだよい。」
次の瞬間、オレは名無しさんに突き飛ばされた。

「な、な、何言ってんの?わけわかんないっ!」
名無しさんはオレを睨みつけた。

「告白しちまうって、何よっ!私だって、悩みに悩んで告白したんですっ!ふられても気まずくならないようにしようとか、もし、つきあえても、別れたら周りに気を使わせるかな、とか、女だからってうまく隊長に取り入ろうとしてるって思われるんじゃないか、とか。ちゃんと、全部考えたよっ!それでも好きだから覚悟を決めて告白したんじゃないっ!」
一気にまくし立てた名無しさんは、一旦息を整えたが、すぐに

「そもそも、そんな立場だのなんだの言って諦められるくらいなら、大して好きじゃないんだよっ!私たちは海賊だよ?欲しいものがあったら、奪ってでも手に入れるんだよ?それが、そんなくだらない理由で諦められるんなら、所詮その程度なんだよっ!」
と怒鳴った。

「ふ、ふざけんなよいっ!おまえにオレの立場がわかるかっ!」
きっと痛いところを突かれた自覚があったのだろう。ムカついたオレは、名無しさんの腕を掴んでいた。だが、名無しさんはそれにひるむことなくオレを睨みつける。

「わからないよっ!全然理解できないっ!自分の気持ちに正直に生きられない海賊なんて、理解したくもないっ!」

「う、うるせぇっ!」
オレは掴んでいた名無しさんの手を払いのけるようにすると、そのまま名無しさんをベッドの上に押し倒した。

「離してよっ!…んっ!」
オレは強引に名無しさんの唇を奪った。抵抗する名無しさんを押さえつけるように抱きしめる。酔って自暴自棄だった。

「好きなんだよいっ!」
そう叫んだ瞬間、バッシーンという高い音が部屋に響いた。左頬が熱くなる。不意打ちにふらついたオレの上半身を名無しさんが思いっきり突き飛ばした。

「酒の力を借りなきゃ言えないなら、二度と言わないでっ!」
顔を上げて名無しさんを見ると、涙をぼろぼろ流しながら、オレを睨みつけていた。そのまま立ち上がると、名無しさんはオレの部屋から飛び出して行っちまった。
ベッドに座ったまま、オレは両手で頭を抱えた。もう酔いは完全に覚めていた。

「ハハっ。」
情けない自分に笑うことしかできねぇ。名無しさんの言う通り、オレが何の覚悟もできていなかったんだ。
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