短い夢@

□策士の恋
5ページ/6ページ

ドアの壊れた店で夕食を済ませると、いつものように順番にシャワーを浴びて名無しさんの寝室に移動した。先にシャワーを浴びてベッドに座っていた名無しさんは、オレがタオルで頭を拭きながら部屋に入ってくると、

「もしかして、全部バレちゃった?」
と言った。

「全部かどうかはオレにはわからねぇよい。」
そう言いながら、名無しさんの横に座ると、

「そりゃそうだね。」
と言って名無しさんがオレの膝に手を置いた。

「ごめんね。もし、マルコに一緒に来いって言われちゃったら、断れる自信がなかったの。」
オレは膝の上に乗った名無しさんの手に自分の手を重ねた。

「マルコは、堅気の女は絶対に船には乗せないだろうと思ってた。白ひげのオヤジさんの足手まといになるような人間は乗せないだろうって。」
それから、名無しさんはこの島に流れ着くまでの経緯を話してくれた。もともと海賊船に乗っていたこと。1億の懸賞金がついていたこと。海軍大将と激突して乗っていた船が大破し、名無しさんだけがこの島に流れ着いたこと。瀕死の状態だった名無しさんをこの島の島民が必死で看病してくれたこと。意識が戻って、自分がもともと海賊だったと話しても、この島の人たちは自分に親切にしてくれたこと。

「だから、私は用心棒としてこの島に恩返しすることにしたの。この島は周りの島から離れてるでしょ?だから、何かあっても海軍に助けを求めることもできなくて。物資の調達に欠かせない島だから、基本的にはあまりトラブルは起きないんだけど、どうしても今回みたいな海賊がたまにいるから、そういう時は街に出て皆を守ってたの。」
それまでうつむいて話をしていた名無しさんが顔を上げてオレをまっすぐに見た。

「この島から私がいなくなったらみんなが困る。だから、私はこの島を出ない。」

「…わかったよい。」
オレは名無しさんを抱きしめた。名無しさんは敢えてオレに「一緒に来てくれ」と言う機会を与えなかった。きっと、オレの誘いを断ったという事実を作らねぇようにしてくれたんだと思う。

「好きだ。」
思い切り抱きしめてそう言うと、名無しさんはオレの腕の中で

「私も、大好きだよ。」
と言ってくれた。
その晩、オレが好きだと言うたびに、泣きそうになる名無しさんの目元に何度もキスをした。



「最後の日はずっと一緒にいられるようにしてぇからな。」

「この前もそのつもりだったのに、私を助けに戻って来ちゃったからね。」

「なるべく早く戻る。」

「うん。待ってる。」
そう言って笑った名無しさんにキスををすると、オレは最後の仕事をするためにモビーに向かって飛んだ。どうしても片付けなくてはならなかった仕事は、思いの外早く終わった。それもあって、オレは名無しさんのために、あいつが普段使っている日用品をわかる範囲で買って帰ってやることにした。

「え?買ってきてくれたの?」
オレの買ってきたものを見た名無しさんが驚いたように言った。

「ああ。この家にあった記憶のあるものだけだけどな。表まで出て買うのはいろいろ大変だろい?」

「それはそうだけど…。すごい。全部今使ってるやつだよ。よくちゃんと覚えてたね。」

「まぁな。」
それからオレたちは常に一緒にいた。もはや隠す過去のない名無しさんは、この島に来る前の仲間の話や航海の話をしてくれた。楽しそうに話すその姿に、

「いい仲間に恵まれたみてぇだな。」
と言うと、

「うん。大変だったけど、楽しかった。本当に…いい思い出だよ。」
と満面の笑みで言った。



最後の夜、名無しさんは、これから先、自分の存在に縛られる必要はないとオレに言った。曖昧な言い方をしたが、この先のオレの人生に別の女が現れても、自分のことは気にしなくていいという意味だろう。それに対してオレが

「将来のことはわからねぇ。お互い自分がその時正しいと思うことをすりゃいい。」
と言うと、

「ありがとう。マルコに会えてよかった。」
と泣いてるようにも笑ってるようにもみえる笑顔で言った。そんな名無しさんを抱きしめると、名無しさんもオレにすり寄ってきた。そのまま二人抱き合ったまま名無しさんのベッドの上で最後の夜を過ごした。



翌朝は、いつも通りに起きて朝食を食べた。汚れた食器をシンクに運ぶオレに、

「ねぇ。船まで見送りに行ってもいい?」
と名無しさんがきいてきた。

「ああ。構わねぇよい。」

「白ひげのオヤジさんを一目見てみたいんだけど…。出てくるかな?」

「挨拶してぇなら、会わせてやるよい。」

「え?本当?」
名無しさんは一瞬目を輝かせたが、すぐに考え込むと

「…遠目に見るだけでいいかも。」
と言った。なんでだろうと思って名無しさんをチラリと見ると、

「…船に乗るのはやめとくわ。」
と寂しそうに言った。そこで、トントンと店のドアをノックする音が聞こえた。

「…朝から何だろう?」
そう言いながら名無しさんが戸口に向かう。名無しさんがドアを開けると、そこには島の奴らが並んでいた。

「おはよう、名無しさん。」

「町長さん…。お、おはようございます。どうしたんですか、こんな朝から…。」
名無しさんの問いに、町長はにっこりと微笑むと、

「島民を代表して、今までのお礼とお別れを言いにきたよ。」
と言った。

「…え?」
困惑する名無しさんに町長は続けた。

「この島は白ひげ海賊団の傘下に入ることになった。海軍はあまりいい顔をしないかもしれないが、ここが海軍支部から離れていてなかなか警備できないことは彼らも十分わかってるから目をつぶってくれるだろう。白ひげ海賊団の海賊旗を掲げておけば、余程のことがない限り誰も手を出さない。万が一のことがあった場合は近くに縄張りを持つ傘下の海賊団が駆け付けてくれるそうだ。もともとここに物資補給にも立ち寄っていた海賊団だから、我々も面識はある。」
何も言えずにいる名無しさんの肩に町長が手を置いた。

「今まで本当にありがとう。この島の島民はみんな君に感謝しているよ。何度も助けてもらったね。いまだにこんな華奢な手で、何であんなに屈強な男たちを殴れるのか不思議だよ。」
町長がそういうと、周りを囲んでいる島民たちが声をあげて笑った。

「い、一体どういうことですか?」
動揺する名無しさん越しに、町長が視線をオレによこした。

「そこの隊長さんが提案してくれてね。白ひげに話を通してくれたんだ。そしたら言われたんだよ。一億ベリー分の戦力を差し出すならこの島を守ってくれるってね。」

「そうなんだ。だから、あんたには悪いが白ひげの船に乗ってもらわないと困るんだ、オレ達。」

「何しろそんな戦力はこの島にはねぇからなぁ。」
町長の周りにいた男たちが笑いながらそう言うと、名無しさんが振り返ってオレを見た。

「すまねぇな。どうやらおまえは人質らしい。悪ぃが一緒に来てもらうよい。」
オレが笑いながらそう言うと、名無しさんの顔が歪んだ。今にも泣き出しそうな顔に

「泣きてぇくらい、嫌かい?」
と言うと、名無しさんは首をブンブン横に振ってからオレに抱き着いた。

「オレは提案しただけだ。最終的にはオヤジとこの町長さんが話をつけたんだろう。まさか人質になるとは思ってなかったよい。」
受け止めた名無しさんをギュッと抱きしめてそう言うと、

「きっと名無しさんが後ろめたい思いをしないように敢えてそう言ってくれたんだろう。噂どおり、できた男だよ、白ひげは。」
と町長がオレを見て言った。

「名無しさんちゃん、あんたが本当はまた海に出たいと思ってるのは知ってたよ。」

「それなのに、あんたに頼りっぱなしで悪かった。でも、もう安心だ。あんたには十分助けてもらったよ。」

名無しさんはオレから離れると、町長の両手を握った。

「町長さん、ありがとうございます。命まで助けて頂いた上に、こんな計らいまで…。」

「何言ってるんだ。オレたちは若い女を自分の島の安全と引き換えに人質にだすんだぞ。お礼なんていらないよ。」

「そうよ。あまりに申し訳ないから、餞別に島の特産品をたくさん用意したのよ。今、白ひげさんの若い連中が積み込んでくれてるわ。」

「ほら、出発の準備をしないと。あんまり時間がないわよ。」

「港で見送るからな!また後で!」
去っていく島民たちの背中に、名無しさんはずっと手を振っていた。姿が完全に見えなくなると、振り返ってオレを見た。

「勝手に話を進めちまったが…。喜んでついて来てくれると思ってるオレはただの勘違い野郎かい?」
名無しさんは首を横に振りながら、オレの腰に腕を回して抱き着いた。

「ありがとう。嬉しいよ、マルコ。ありがとう。」

「本当はもっと早く教えてやりたかったけどな。オヤジと町長の話が決裂する可能性もあったから、下手なことは言えなかった。」

「うん。」

オレに抱き着く名無しさんの頭を撫でると、名無しさんは顔を上げた。

「オヤジに挨拶しねぇとな。」

「うん。楽しみだよ。」

「さて。荷造りだ。日用品はオレが買ってきた分で足りるかい?」

「え?あ!」
名無しさんがはっと気が付いたような顔をして店の隅に置いてあった買い物袋を見ると、苦笑いしながらオレに視線を戻した。

「そういうこと?」

「…まぁ、な。」

「ほんと、用意周到だね。」

「お気に入りのシャンプーがないから、モビーに乗るのは嫌だわ、とか言われたくなかったんでね。」
名無しさんは声を上げて笑いながらオレの胸に顔をうずめると、

「言わないよ、そんなこと。海に出られる上に、マルコもいるんだよ?もう、何もいらないよ。」
と言って、オレにぎゅっと抱き着いた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ