短い夢@

□策士の恋
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それから、オレはちょくちょく名無しさんの店に顔を出した。またあいつらが来るんじゃねぇかって心配もあったからだ。何回か島の住人が顔を出した時もあったが、貸し切り状態の事の方が多かった。きっと人数の多い白ひげ海賊団に加えて、他の海賊団も上陸しているから表は忙しいのだろうと名無しさんは言っていた。

「こんなんで生活は成り立つのかい?」

「ん?まぁ、ちょっと蓄えもあるしね。って、海賊にそんな話はしない方がいいかしら?」

「へぇ。この裏にお宝が隠れてんのかい。」

「あら、大変。逃げなくちゃ。」
クスクスと笑いながら、名無しさんは手にしていたグラスに口をつけた。最近では大方の片づけを終えると、名無しさんも一緒に飲んでいた。オレたちの航海の話や、オヤジの武勇伝を名無しさんは目をキラキラさせながら聞いていた。

「この島から出たことはねぇのかい?」
ふと、気になってそうきくと、名無しさんは一息おいてから、

「私はこの島の生まれじゃないわ。」
と答えた。なんとなく、それ以上聞いちゃいけねぇ雰囲気があって、オレは黙ったままだったが、

「この島に流れ着いて、この島の人たちに助けてもらったの。」
と言ってふっと微笑んだ。だが、そこで名無しさんが話題を変えるように、

「ねぇ、もしかして、またあいつらが来るかもしれないからここに来てくれてるの?」
とオレにきいた。

「まぁ、それもねぇわけじゃねぇが…。」

「港からは遠いから、面倒でしょ?こういうことは慣れてるから、大丈夫よ。」
名無しさんはそう言うと、申し訳なさそうな顔をした。オレはカウンターの上の名無しさんの手を握った。

「あんたに会いに来てるんだよい。」
名無しさんは驚いた顔をしたが、すぐに微笑んでくれた。

「そのうちいなくなっちまう男にこんなこと言われても、迷惑かい?」

「そんなことないよ。お互い、わかってることだもの。」
そう言ってぎゅっと握り返してくれた名無しさんの手を引き寄せると、オレは名無しさんに口づけた。




「そういやぁ…。初めて会った時、オレがあいつらにやられちまうとかって考えなかったのかい?」
ベッドの中で名無しさんの頭を撫でながらそうきくと、名無しさんは目をつぶって眠そうにしたまま

「あの状態を目の前にしても動じないし、あいつらの仲間じゃないなら白ひげ海賊団の人間だし。こういう仕事してると、何となくその人の力量は測れるものよ。」
と言った。

「そうかい…。」
オレはそれ以上突っ込まなかったが、それはそれで大した状況判断力と目利きだと思った。それに、あの場にもしオレが来なかったらどうするつもりだったのか。確かに、女手一人で酒場をやってりゃそれなりに場数を踏むんだろうが、だからと言って、名無しさんがあの場で体を差し出して乗り切るイメージもわかなかった。とは言え、女一人でこの世の中を生きていくのにはそれなりにいろんな苦労があるし、どういう手段であれ、そこを乗り越えて生きている名無しさんを否定する気はなかった。何より、本人が話したくねぇことを無理に聞き出すこともしたくなかった。

朝は淹れたてのコーヒーと焼きたてのパンを食べながらのんびり過ごした。海賊なんてやらず陸に家を構えて堅気の仕事をしてりゃ、こんな生活もあるのか、なんて思いもしたが、一方できっとすぐにそんな平穏な生活にも飽きちまうんだろうと思った。
結局そのままオレは数日間を名無しさんの家で過ごした。

「ねぇ、今日は街に買い物に出ようと思うんだけど。マルコはどうする?」
朝飯を食い終えて皿を洗いながら名無しさんがオレに声をかけた。

「オレも食わしてもらってるからな。食費くらい出すよい。それに、オレがここにいることは誰も知らねぇからな。もし、仲間に会ったら一言言っておきてぇ。」
そう答えてから、オレははたと気が付いた。

「…海賊の男が家に出入りしてんのを見られたりしたらやべぇか?」
オレがそう聞くと、

「全然大丈夫よ。この島の人たちはそんなこと気にしないわ。」
と、名無しさんは笑って言った。
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